萩原高の眼

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世界一周クルーズ日誌
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20110130 三亜(海南島)

海南島広域地図P1150296海南島ナビP1150291


午前零時、香港ビクトリア島沖合い南85kmを通過し、
就寝時には、既に海南(ハイナン)島の東沖に入っていた。
そして、起床した6時には、入港予定のヤーシェンまで来ていた。
海面はガスっているが、天気は悪くもなさそうだ。 
7時半、朝食に出る。
ツアーデスクには、自由行動をする船客用に寄港地の簡単なマップが用意されている。
三亜のマップは、僅か6枚しか残っていなかった。

<キャプテンアナウンス> 北よりの風、1m、気温は11℃、最高は25℃。
パイロット誘導で、8時40分、接岸予定とのこと。
三亜港は、ぱしふぃっくびーなす号にとって、初寄港となる。

P1150303P1150305P1150312

港湾を遠望すると、右手の山頂に丸いレーダードームが、毅然と睨みを効かせている。
中央の人工島ターミナル辺りは、空に向かってオーバル型の特異なビルが建設中だ。
近づくと、やはりそれは、あのロンドン金融街に建つロイズ保険本社ビルにも、
また、東京モード学園のフォルムにも似て、斬新なフォルムだった。
今なら、建設中のビルトップの骨組みが見られる。
さすが観光リゾート都市に相応しい。
訪れる玄関口をシンボリックにデザインしている。 
プロムナードデッキで、村山さんに呼び止められた。
ネッカチーフを頭から被り、サングラスをしているから
彼女だとすぐには解らなかった。
初寄港地の記念だからと、写真を撮ってあげた。

やがて接岸した。初寄港地にしては、静かな入港となった。
歓迎のセレモニーは無かったが、ポートビルの横幕には、
「熱烈歓迎、維納斯」「太平洋ベナス」とあった。
なるほど、「ビーナス」ではなく「べナス」か。
耳からは確かにそう受け止められるのだろう。
三亜横断幕P1150315三亜横断幕P1150318三亜埠頭P1150320

英語教育は、こうでなくてはいけないな、それを見ながら、船客と感心し合った。
「ワラー、ワラーの方が通じるんだよね」と笑う。 
「パラオでは、バラクーダーを釣ったよ」という、
旅行慣れした船客が水平線に眼を細めながら、語っていた。
  場違いな発言に、連れの男性は顔を見合わせながら、困っていた。

デッキでの体感温度は、ポロシャツでは少し肌寒いのだが、日射しは強そうだ。
今日は、ネットジャケットの背中のポケットに水を入れて、
リュック無しで出掛けることにした。 
P1150426
P1150425P1150427P1150321

「フェニックス・アイランド(鳳凰島)」。三亜の人工島は、こう呼ばれていた。
ポートビルの1階には、不動産企業が分譲予約のために
フェニックス・アイランドのモックアップがディスプレイされてあった。
イミグレを出たところには、なぜかポルシェ・カレラが5台駐車してあり、
高級リゾート感を演出している。
中国最大の海軍港が、2年もすれば、華やかな観光港になるのだろうか。 


シャトルバスは、長い橋を渡って市中に入った。
カタマランヨットと水上生活者の船群、その背後に聳える高層マンション。
貧富の格差が、強烈なコントラストを見せつけてくれる。

現地ガイドは、梨桃さんという男性。年間25~6℃で、
「僕は、いつも半袖をハイテイマス」と。
丁寧に説明してくれているから、その日本語に誰も笑わったりしない。

10月から3月中旬までが観光客のラッシュで、それ以外がオフシーズン。
島には1万人のロシア人が居住している。最大の観光客は、ロシア人で、10万人。
次が日本人、韓国人と続く。 

大東海の海浜から、更に東の亜龍湾にかけては、
ビーチゴルフとサンバレーゴルフの2つが、
国際レベルのゴルフ場で、日本人のゴルファーも多く訪れるという。
そういえば、船客も二人の男性が、ゴルフバッグを肩にして下船した。 



今の問題点は、富裕族と一般人との経済格差の広がっていることだと梨さん。
説明に寄れば、2003年、ここ三亜で、ミスワールド・コンテストが開催されて以来、
観光客の増加が続き、経済的発展も急激に高まったそうだ。 

「時代海岸」という看板のマンションを見ながら、梨さんが説明する。
昔、1㎡の価格は3000元ほどだったのだが、今では7倍近い、
20000元にまでなっている。
新卒の給与が2000元で、家賃は300元から800元に高騰した。
これまで1ヶ月1000元で暮らせたのに、いまでは1500元はどうしても要る。
医療、教育費を考えると、農村から出ての都市生活はかなり難しい。
農民で癌などの病気になると、ただもう、死を待つだけになる人も多いのだと。
この格差が、いま一番の課題ですと、素直に現実の中国の抱える問題を指摘した。

P1150328 P1150371






港から町への風景が、物語っていた。
因みに、中国元は、約14円である。
置き引きやスリには注意して欲しいと付け加えられた。 

ドラゴンのように長い列がつながる車の渋滞も問題ですといいながら、
ノロノロ状態を申し訳なさそうに小さな瓢箪の楽器(フールース)を取り上げた。
黙って梨さんがメロディを吹きだした。
瓢箪からの音色が終わった時、乗客は、それまでの彼女の胸の内を励ますように、
拍手した。 
三亜 梨さんP1150341三亜 梨さんP1150417

家族を載せた4人乗りのバイクも、やはり当たり前のように危なかしく、走っている。
舗道は、やはりゴミひとつ落ちていない。

数分で、シャトルバスの発着場になるサンヤ・パール・リバーガーデン・ホテル、
(三亜珠江花園酒店)に着いた。
P1150372P1150393

例によってトイレを確認して、大東海の浜に出てみる。 
気温26℃、東北の風3~4m、水温21℃、波の高さ1mと,
掲示板は教えてくれている。ポロシャツの半袖で、寒くはなかった。
軒を連ねた売店で売られている水着のビキニは、▼ではなく、スカート付きだ。
三亜海岸P1150375三亜海岸P1150380三亜海岸P1150381

リゾートビーチらしく、有料の藁葺き傘の下に長椅子がずらりと並んでいる。
沖に出て遊ぶ者には、救命胴衣を貸し出している。
ライフセーバーの見張り台があるが、それらしいユニフォームは着込んでいなくて、
双眼鏡を目に当てるでもなく、
浜を見るでもなく、タバコをくゆらせている。頼りない。
三亜海岸P1150391
イスラム系の女性たちは、砂浜でアクセサリーの店を広げている。
紙凧屋は、のんびりと空に連凧をなびかせている。
沖は、ジェットスクーターが、
我が者顔に白波を蹴立てている。

カメラに収めようとしても、
日本の海岸となんら変わらない風景だ。





花市が開かれていると言う公園までは遠いので、
缶ビールの買えそうな店を覗いて歩く。
梨さんから教えられたように、この町は、
ロシア文字があちこちに大きく多く見られた。
三亜ロシア文字P1150399三亜ロシア文字P1150403
三亜ロシア文字P1150401P1150400

ソ連の軍事顧問団が海軍を教練した名残りか、それとも、
最近のロシア戦艦を航空母艦に改造したのを契機に交流が高まったのか、
眼にすればするほど、米ソ中の軋みで、日本が気になる。



三亜海岸P1150390本来の外資ホテル群が林立する海岸線は、更に奥に位置するため、
我々の自由散策では、足が伸ばせない。
つまり、観るべきものがないので、帰船することにした。
シャトルバスの帰り第1便が、11時30分だったことに気付き、
ホテルまで急ぎ戻る。
ビールの買い出しが思うに任せなかった菅井夫妻は、
昼食後に再び街へ戻ることにした。


帰路のシャトルバスもガイドは梨さん。入江のマングローブの中に白い鳥が目に入った。
白鳥だという。日本では寒い地方に飛来するのだが、温暖な海南島には、
これより多くが見られる白鳥公園があると。
また、2006年、中国4番目の宇宙ロケット発射場として文昌市が有名になったが、
ここは、教育レベルも高く、この文昌市の言葉が、海南島の標準語となっているそうだ。 

船での昼食は、豚の焼き肉だったが、SPカードの僕にも、
そのまま醤油だれで焼いたものが供された。
塩分がきついなと、半分で食べるのを止めた。 

食後は、妻は、昼寝をするために横になった。

サッカーの結集戦の結果は、どこからも聞かれないままだ。
勝ったのだろうか?
 アモイも三亜もそうだが、入出国いずれの時も手荷物の検査はナシだったのは、
何故だろうか?
・・・・・・・・・・・・・ 
P1150436P1150435P1150437

中国のハワイと言われるだけに、
まだまだ最先端の憧れの島の本当の姿は知らないままになった。
海南島という、中国最南端の島は、たしかTVドラマ「五星大飯店」でも、
ロケ場となったリゾート地だったが、
我々は、そのほんの足元、爪ほどを触っただけで去るのだ。
言ってみれば、横浜中華街から関内周辺を歩いただけで、
高層ビル群のショッピングエリア、
「港みらい」を知らないままに似ている。 

離岸出港は、予定より早めの17時50分になった。
ベトナムに向け南下するが、北東の風で、時折、船が揺れるかも知れないと、
キャプテンアナウンスがあった。 

新燃岳噴火P1150289日本時間19時のNHKのニュース。
日本の鹿児島では、霧島連山・新燃岳の噴火灰が、
鳥インフルのために散布した消毒液を無効果にしてしまって、
二重苦である。
退任したばかりの東元知事は、どういう心境だろうか、
コメントは何も報道されていない。

エジプトの反ムバラクデモにより、
日本人観光客が2000人滞在しているという
ニュースもあった。
警察から軍へ切り替えて市内の治安を
コントロールしているというが・・・。
  大統領が次男に権力を引き継ごうとしたことへの反発だ。 

29日のアジアサッカ大会は、日本が2大会ぶりのチャンピオンになったと、
NHKがようやく伝えてくれた。
延長戦で、leeがゴールを決めたようだ。

19時、夕食に出る。和食だったので、
白飯の上にかけるレトルトの病院食を持ち込んだ。
塩分制限のある事情を理解して湯煎してくれた。
船内新聞によれば、「宮崎、鹿児島、愛知で飼養されている鶏について、
当船に積載されている鶏肉は、ずべて発生以前に積み込まれたもので、
安全が確認済みである」と書かれてあった。 

三亜珈琲 菅井けいこP1150445三亜ビールP1150402三亜ビールP1150397三亜ビールP1150398

菅井夫妻は、やはり、シャトルバスでビールを買い出しに往復していた。
スーパーマーケットも百貨店も覗いたらしく、
ビールは二人で30本近く買い込んで、かなりの重荷になったと笑った。
上手く買い物をして、残金は2元だけにしてきたという。 


21時からのシアターは、ジョニー・ディップの
「アリス・イン・ワンダーランド」が上映される。
これも、にっぽん丸に比べて、随分と新しい映画を見せてくれる。
アリスP1150441アリスP1150443上映の理由が解った。
ワンダーランドから現実の世界に戻った
アリスが、
貿易のため、映画のラストシーンが、
中国への船出だったからだ。


見終わった時間、船は、大きく横揺れを繰り返し始めた。
P1150446P1150447


22時45分。北緯18°42.80“、東経108°57”。
速度、16.5ノット。
船はトンファン(東方)沖合いからトンキン湾を北上している。 

早いもので、横浜を出航して、1週間が過ぎようとしている。
今晩、時計をまた1時間遅らせる。日本時間との差は2時間となる。 

 

20110129 広州沿岸
三亜入国審査P1150286ダナン入国審査P1150287

午前9 時からベトナム入国のオリエンテーションが 8階の雨天体操場、
いやメインホールで行われた。

中国入国時、本来ならアモイで対面審査が行われる予定だったが、今回それは免除された。
同じく、次の寄港地、三亜(サンヤ)でも、簡略化されることになったとのこと。

終わると9時半からブリッジ(操舵室)見学があったり、、10時からは中国茶教室、中国切り絵教室、
 ドメモやウノの数字推理ゲームも始まるし、ダンスの初級教室もあるから大変だ。
入国オリエンが全員参加であるのに、片側だけにされている出口が混み合う。
エレベーター前も人が溜まる一方だからと、足の弱っていない人は階段で降り出した。


「洋上プレミアムシアター&舞台挨拶」という大袈裟なタイトルの6階のシアターに寄ってみる。

映画だと思って見に来る客もいるが、
これは、国際放映が制作したテレ朝局の「法医学教室の事件ファイル」というTVドラマだ。
はしびが舞台になっている。
ところが、パートパートで白ける。CM挿入のためのクレジット部分が、
黒味で無音の静止画像を見続けさせられること、 10回。最初はざわついたが、
次第に観客も、それがCMのためであることに気付き始めた。
局からの借り物で編集出来ないものか、首を傾げたものだ。
上映回数が3回あるが、文字通り、白けながら観客は見ることになる。
西丸與一シップドクターが原作者であることから、最終上映の21時には、舞台挨拶がある。
彼は、「何にも船員」と自嘲的に言っては笑わせているが、
船内カルチャースクールの校長を名誉職として委託されている。


妻は、9階のコンファレンスルームへ、荘輔さんと中国切り絵教室に出掛けた。
一心不乱というか、集中力を落とさなかった荘輔さんに、講師の谷田有似さんが感心したそうだ。
切ったのは、今年の干支、兎だった。



8階の「手旗教室」が終わったらしい。レストランに列ができていた。
香港からマカオ沖を通過したのが、昼食時。海面には、強い日射しが出始めている。
 テーブルは、また、村山・可児さんと同じになる。
話の中で、仲の良い二人が共にシングルだと初めて教えられた。
クルーズ好きなことから、船旅で知り合った同卿人の話になった。
03年から06年時、にっぽん丸組の、美濃太田の女医さんと息子さんの話が出てきた。
にっぽん丸では、「愛知県人会」などを呼びかけたが、
このぱしびには、名古屋弁の訛りを耳にすることがまだ少ない。


 
キャビンに戻ると、フロントの竹内さんからのメッセージが入った。
訊いてみると、BKK港は面倒なことになった。
タクシー以外の車、また乗船カードを提示できない人の車は、
接岸埠頭まで車は進入出来ないことが判明したのだ。
初日の日曜日は、シャトルバスで伊勢丹まで行ける、石沢君と待ち合わせる、
だから帰路はタクシーなら、埠頭まで入り込める。
この時、土産の日本酒とくさやを手渡すことは出来るのだが、
2日目の早朝、迎えの車が入って来れないとなると、ゲイトまで約2キロの倉庫街を歩くことになった。

つまり、 2キロ先で石沢君の車は待つしかない。その帰りも、ゲイトから 2キロ、船まで歩くのだ。
これでは、初日に、石沢君を船内に入れて珈琲も飲ませられないかも知れない。
ところが、そのことよりも前に、埠頭に来ることもないドライバーは、
そのロケーションが判らないときている。弱った。

フロントに出掛けながら、苦笑する。若い竹内さんと、こんな事で面倒かけながら、
親しくなるのもまあ仕方がないか。


 7階のピアノサロンでは、寄港地「ベトナム」クイズが行われているのを横目で、8階に上がった。
太極拳の3日目だが、どうにも、教え方が大雑把。ホワイトボードにでも、
ステップ図を描いてくれればと思う。どこかで本を買って憶えることにしよう。
ステップの説明が解りにくいからだ。 45分間の途中で脱落。メールを確認に行く。
そして、船内発信のメールが、中国沿岸を航行している関係上、
通信規制地域になり22時に中断することを伝える。


 妻は、ランドリールームを何度も往復し始めた。
そろそろ、防寒下着やパジャマを洗う時期になったからだ。
僕はといえば、夕食事に履く革靴用のソックスも迂闊にも忘れた。
フォーマル用のソックスを洗濯しながら履いている。


 荘輔夕食P1150297夕食陶板焼きP1150295

 
夕食は、ロースの陶板焼き。おろしポン酢を持参の黒酢に入れ替えて見たものの、
肉が硬すぎて半分で食べるのを止めた。


曹雪晶二胡P1150294食後のメインショーは、2回目の曹雪昌さんの二胡とピアノチェロだが、
パスして、「ウインド オブ メコン」で珈琲を飲む。
此処のコーヒーは、にっぽん丸より、飛鳥より、美味しいのだ。


 22時前にメールを確認に、パソコンルームへ行く。
石沢君からパスポートナンバー、アドレス他を受信できた。
その足で、船内訪問の許可申請をフロントに提出できた。

 
今晩は、アジアサッカー決勝中継の日だが、果たして映像受信可能か。
パソコンを畳んでシャワーを浴びる。
20110128 

二度目、八年ぶりの寄港地アモイ。今回のアジアクルーズでも、最初の寄港地となる。
下船時間に遅れないように、朝食を終えないといけない。
早朝尿の検査をしたおかげで、6時には起きて、歯を磨いた。
客家の土楼行きのバスに乗るため、妻も早めに起きた。
アモイ入港P1150113

朝食は、いつもより簡単に済ませた。
妻は、6階でパスポートと二枚のコピー、そしてミネラルウオーターを1本受け取り、
乗船カードのバーコードを通して退出登録を済ませ、いそいそとイミグレに向かった。
客家は遠路のツアーになるため、最優先でイミグレを通るはずだ。
我々は、自由行動組だから、11階の船客から順に5階まで呼び出しを受けるまで待つことになるので、
フロントで両替をした。
ブラブラ歩きだから、3000円だけの両替で2200元をポケットに入れた。

念のため、メール受信を確認へ、パソコンルームに座る。
入港埠頭の位置が解らないという、BKKの石沢君からのメールが入っていた。
タイではレンタカーのドライバーには地方出身者が多いので、
クルーズ船の接岸地点などはおよそ縁もなく、知らないのだそうだ。
確かに、観光客船が常時接岸するバース(岸壁)を持っているのは、各国とも少ない。
大抵は、貨物船の接岸埠頭と同じで、一般の人には縁もない辺鄙な場所が多い。
フロントで竹内さんに接岸バース周辺の地図を出してくれるように依頼して、ライブラリーに戻る。
アモイ寄港中国旗P1150119

既に、椅子の少ないライブラリーで下船待ちの人たちの立ち話が姦しい。
聞くともなしに、船客の会話が耳に入ってくる。
「お早うさん、今日はどうするの?」
「バカみたいに、またコロンス島よ。もう5回も来てるのにね、コロンス島よ」
「お好きなのね、ピアノの島が」
「いいや、ここ、行くとこ無いからなのよ。お茶も沢山買ってあるし」
「あら、あの高いお茶?いかがでしたか?」
「美味しかったけどね、日持ちが悪いのよ、あれ。来るお客さん、来るお客さんに出して、すぐ飲んじゃったわ、ほほ」
「海南島は、10年前に来たんだけど、今回はどうやろ、暖かいかねえ」
「ラ・ニーニャとかなんとか、の影響で、どうかねえ?」
「中国のイミグレは、待たせるんだよ、もったいつけて」
「意地悪だね、ありゃあ」
「海南は、不動産屋がどんどん埋め立てていてね。あそこには、軍港が出来たんだが、
ありゃあ、中国最大の艦隊基地ですよ」
「ここから台湾呑み込んで、日本を狙うには、格好のポジションだからね、
なんとか、民主党の防衛大臣も、先を読んでくれないと大変なことになる」
「既に、後手だね」ルルル・・・。
「あら、やだ、まただわ。私がまだ神戸にいると思うてるんよ、ハイ、ハイ、あらあ、奥さあまぁ」
吹き抜けホールから流れてくるアナウンスが8階、6階と徐々に降りてきて、三人五人と船客たちの姿が消えていく。

ようやく5階の我々が呼ばれた。
ギャグニーを出て、イミグリへ続くプロムナードから後ろを振り返ると、白い船体が眩しい。
アモイ接岸P1150124

ドック入りしていたと言われて、なるほどと頷けた。傷もなく、きれいな船体だ。
見回してみて、8年ぶりのアモイの変貌ぶりに驚く。
曲線が重なった屋根に総ガラス張りの洒落たビルになっていた。
シンガポールのハーバー・フロントセンターにも劣らないほどだ。
これが未だ完成には至っていなくて、予定の規模の半分だそうだ。
新幹線が開通したので上海からの観光客が大挙流入し始めて、
観光都市としてのアモイは飛躍的な経済発展をしているのだそうだ。
イミグレ前で列んでいる荘輔さんがシャッターを切った。
彼も、僕と同じく、20006年以来の入国で、アモイの変貌に眼を見張るものがあったのだろう。
しかし、腕を伸ばしてカメラを付きだしていた姿を見られたか、瞬時に女性の公安が駆け寄ってきた。
撮った1枚を公安に見せた。削除するから勘弁と日本語でしゃべる。
ところが、そう言った荘輔さん、削除の仕方が解らない。慌てて僕がカメラを受け取る。
該当写真を怒る彼女に見せながら、目の前で削除した。
今回だけはというしかめ面で公安官は渋々戻っていった。デジカメ時代で良かった。

フランコ政権に抗議するデモ隊を撮った40年も昔のスペイン観光の頃を思い出させた。
あの時は、レスラーのような大男のSP二人に両腕を掴まれて、フィルムを抜けと強制された。
なんとか、観光客であることと、宿泊先のホテルのルームナンバーを教えることで、腕を放された。
何かあったら、ホテルに訪ねるとまで言われた。承諾した。
この時は、170ミリの望遠レンズを付けたミノルタと、それにもう1本カメラをぶら下げていたから、
プレスマンと間違えられたのだ。異国で無闇にレンズを向けると面倒なことが起きやすい。
台湾全土を観光客誘致の為に、日本アジア航空の仕事で6年間ロケした時、
陸海空軍三軍の総司令部からの許可証を携行していても、
港湾にレンズを向けただけで、憲兵が望遠レンズの前を遮ってひと悶着した。

シャトルバスの出発を待つ間、ターミナルビルの中を眺めていると、
なにやら電気トンボ(UFOだったが)が、吹き抜けの空間を飛び回っていた。
観光客が足を止めて天井を仰ぐ。
遊んでいた子供たちが手を挙げる度に、触れてもいないのにUFOがふらりと上がっていく。
観光客がそれを観て、驚く。
ぼくもその一人だった。センサーが働いているのだろう。
二人の男が買わないかと近づいて来た。子供をデモに使ったのだ。
孫への土産にいいかと思って「トウシャンセン?」と訊くと、「イーパーユエン(100元)!」と言う。
市内観光してから帰りに買うと、口に出したが、そこまで福建語は出来ない。
指先アクションと日本語だった。チンプンカンプンだと男は肩をすくめて退いた。
丁度通りかかったガイドの許さんに、このことを訊いてみると、100元は高い、あれは30元でいいわよと。
同じ玩具がデパートにあるかもしれない。街歩きで探す楽しみができた。

昼食は船に戻って食べることにして、午前中だけ歩こうと、シャトルバスに乗る。
かつて訪れた時の風景とは異なる、
アモイシャトルバスP1150128アモイ港P1150219アモイ市内P1150140



見慣れない新地のようなアモイを、中心街に向けてシャトルバスは走った。
マンションやホテルの高さと美しさは、既に新しいアモイだった。
マンション価格は、1㎡が約1万(15万円)~2万元だそうだが、中国では、マンションは70年という一代限定である。
だからこそ、いま、中国人の富裕層が一族の財産になるとして、日本のマンションを買い漁るのだ。
アモイ白鷺州路P1150142

海水を堰き止めて造ったという人造湖を左手に、湖浜西路を走った。
アモイは白鷺が飛来する島だったので、今でも「鷺」の文字が名前に入っている人は、
80%アモイ出身者だと判るとか。
丁度、その白鷺路に入った。公安系の車両ナンバーは白。商用車は黄色、一般車は青。
汚れた車が少ないのには驚く。どれもワックスこそかけていないが、水洗いが出来ている。
一時の日本のように、相当な財産と見なしているのだろうか。
それにしても、舗道に乗り上げた大型乗用車が何台も堂々と斜めに停められて、
歩行者は、車の鼻先と塀の間を仕方なく黙々と歩いている。
それだけではない。空いている舗道は、バイクまでもがかなりのスピードで走る。
そうかと思うと、道路を後部座席に箒を縛ったバイクで男性が、片手はハンドルを、
もう一方の手には長い挟み棒を持ち、道路をゆっくりと走りながら、巧みにゴミをつまみ上げて走る。
舗道に備わっているゴミ箱で停まり、それを入れ込む。
その作業が、併走している我々のシャトルバスの横で、リズミカルにこなされていく。
許さんに訊くと、彼は、ボランティアではなく、時間制で働く職業人だった。
アモイ掃除バイクP1150213アモイ市内P1150249


街路樹の多くは、鳳凰木で、黄色の葉が落ち、赤い花が咲く。
7月下旬と9月の2回、アモイは街全体が一面、赤くなる。
新入学と卒業の時期なので、縁起がいいのだとして、大学には必ず植えられてあるそうだ。
ガジュマロの樹木は、福建省のシンボルで、「幸せを運ぶ木」として、切ってはならないものとされている。
アモイのシンボルは、それとは別で、ピンクのブーゲンビリアンだ。
アモイ地図P1070955アモイホテル正面P1150208アモイ正月P1150151



シャトルバスの往復起点は、中山路の華僑大楼というホテルである。
港から繁華街までの無料のシャトルバスは、その多くをホテルやデパートにしている。
トイレの借用と休憩設備があるからだ。
ホテルのロビーは、正月飾りがしてあるものの、宿泊客の姿は見当たらない。
トイレを下見した。ナフタリンの匂いが強烈だった。

ホテルを出て、バスから眺めた中山公園に下りてみる。
「公園の中で、太極拳やフォークダンスをやっているのが見えた。
槍や刀を使いながら、父親に教わっている娘さんがいたなあと」と言ったら、歩いてみようとなったのだ。

公園の入口には、長い机を相対して人が座っていた。
横断幕をみると、どうやら、子供の進学を相談する親と教師の青空相談所が開設されていたのだ。
 アモイ公園P1150186アモイキオスクP1150156アモイ公園P1150187


中に入ると、正面に孫文の大きな碑があった。
公園内は、様々な植物が群生していて、手入れもいい。
園芸学科卒の荘輔さんは、葉や落ちた実を見ては、その品種を教えてくれる。
妻がいたら、さぞかし喜ぶだろうなと思った。僕は、花にも鳥にもとんと興味がないからだ。
妻はそういった荘輔さんを尊敬している。
池水、堀があちこちに張り巡らされ、趣がある。子供の遊具は、「教育」「実験」という文字で解説文が書かれてある。
動物の乗り物でさえ、子供が上下する度に、バネで前進していく。
一人っ子政策を推進しているためか、公園の遊具類は、
どこかの教育研究者の指導の下に創られ設備されているように思えた。

塗り絵かと思ったものは、ステンドグラスのように、鉛でライン取りされて、カラフルに焼き上がる簡易ステンドグラスだった。
次世代の中国人の知能指数は侮れないなと、荘輔さんと感心しながら、写真を撮った。
中に、キティちゃんのキャラクターがあったのは、複雑な気分だった。
 アモイ公園塗りガラスP1150175アモイ公園塗りガラスP1150177アモイ公園塗りガラスP1150178


動物園もあった。
赤い大きな提灯が正月らしい風景を彩っている。
巨大な龍が植物で造られていたのも、正月を迎えるためである。
丸い将棋板もあれば、囲碁もあったが、多くの野外テーブルでは、シニアの男女がトランプゲームに興じていた。
時代は、こんなところにも変化が出ているのだ。
アモイ公園龍遠景P1150169アモイ公園龍P1150179アモイ公園将棋P1150171



ある場所は、太極拳広場とでもいう彫刻像が立てられてあった。
武道を練習していた親子の姿はもう見られなかったが、婦人会の新ダンスとでもいう、
体を柔らかくリズミカルに動かす振り付けは、台湾に見られたそれと同じだった。
アモイ太極拳公園P1150165アモイ太極拳公園P1150166アモイ公演ダンスP1150181



バスガイドの許さんも説明していたが、ここは、台湾との交流が深いので、
言葉は台湾語に近いミンラン語だし、商品も台湾からのものが多いと。
昔、ロケハンで上陸した台湾の澎湖島は、風の強い島で国境警備に当たる軍の要の島だ。
目と鼻の先だから、平和であって欲しいものだ。

随分公園内を歩き回った。歩き疲れたし、腹も減った。
昼食を取ろうと、一旦、シャトルバスで帰船した。

寄港地着岸の昼食は、どの船も多くが実に簡単なメニューだ。
船内乗船客の数が余りにも不定過ぎるからだろう。
何処にでも座れるほどに、閑散としている。
一番奥のテーブルに着いた。
二色丼とお椀サイズの蕎麦だった。
短時間の寄港地では、エクスチェンジする金額を少なめにしているせいもある。
余程、ここぞという料理が寄港地に無い限り、レストランを探し回る時間が勿体ないから、
船内食で、ゆったりする気楽さが何よりなのだ。
寄港地によっては、清潔感に不安があるので、躊躇するというのも否めない。
ましてや、中華系の食事は、醤油塩分を避けたい僕には口にするモノも少ないからである。
 
一旦船に立ち戻るメリットは、現地が予想と異なった気温差の時だ。着替えて出直すことができる。
さらに言えば、撮影したSDメディアをHDに保存出来る安心感しがいい。貴重な写真の削除ミスを防げる。

食後にパソコンルームに入った。BKKの石沢君からのメール確認だ。
同行する菅井夫妻を入れると乗員5人となるので、レンタカーを頼んであるのだ。
彼からは、「ドライバーの多くは、地方出身者なので、エアポートならまだしも、
港には不慣れで、着岸埠頭の位置が解らない。
シャトルバスで街に入るとき、地図を持参して欲しいと」と返ってきていた。
これは、フロントの竹内さんへ頼むことにした。

水上マーケットとウイークエンド・マーケット、どちらを優先したいかと荘輔さんに打診した。水上マーケットとなった。
これで、初日の日曜日は、我々だけがウイークエンド・マーケットにBTSで行き、
レンタカーで走る水上マーケットは月曜日となった。
美子さんアユタヤツアーは、もう一度、日曜日に変更となった。
初日、街から岸壁へ戻るタクシーに同乗するなら、船内見学をしてみたいかと打診する。
もし、興味があるなら、住所、生年月日、パスポートナンバーを申請する必要があるから返信が欲しい、と打ち返しておいた。

中山路鎮海路P1150231中山路道路標識P1150201アモイ両替レイトP1150153


再び、シャトルバスで、中山路に戻る。
その交差点にそびえ立つのは、いわば、権力の象徴を思わせる警視庁ビルだ。
左に折れた中山路の商店街は、歩行者天国になっていた。
旧正月だというのに、ここの歩行者天国にも人出がない。
がらんとしている。日本人が目立つ。
我々の乗船客だ。膨らんだビニール袋を重そうに持って帰って来る古子さん夫妻に出会った。
「両替はしたものの、買いたい物がなくて・・・、これ、缶ビールを買い込んでしまいました」と苦笑いしながら、
袋を揺すってその重さをみせた。
ビール好きの荘輔さんも、教えられたスーパーで買って帰ろうと気勢を上げた。
右に緩く曲がった中山路の先は海に続いて居る。
黒山の人出を予想していたが、絵にならない。
デパートまでゆるやかな坂道を下る頃には、横道から湧き出てきたのだろうか、通りは人人人、黒山が蠢いていた。
歩行者天国の左右は、テント張りのTシャツ屋から、時計や爪切りの金物屋、
懐かしい台湾の寒天ドリンク、仙草を飲ませる店もあった。1杯12元とある。
中山路TシャツP1150262アモイ千草P1150192中山路高雄P1150245

台湾金門特産店、アモイ特産店には、フカヒレからイカ、ホタテまで様々な海産物、
そして、地元特産と言えば、お茶屋の羅列。
丁度、新茶の時期らしく、香ばしい香りを通りに漂わせていた。
あちこちに「高雄」の文字が眼に付いた。屋台のファーストフード店である。台湾小皿料理が受けるのだろうか。
デパート広告に起用された男性モデルが、正面に大きく打ち出されているのを見ると、
中国と言うよりも台湾ではないかと錯覚しそうだ。やはり人気の男性タレントを起用しているのだろう。
カシオ、オニツカのショップも、デパートも数軒あり、目抜き通りの角のスポーツブランドショップ店は、
ナイキのスオッシュにも似たロゴマークだ。
やはりか、と、苦笑したものの、これから先、パクリ問題は、あらゆる商品で持ち上がって来るだろう。
なにしろ、HANDAのバイクも、SANYのラジオが有っても不思議ではない。
この国は「富士山」「越光」まで、商標登録されているそうだからだ。
中山路木工細工P1150237中山路ロゴマークP1150258中山路ブロンズ像P1150247

露天では、木工の細工モノが売られていた。手の器用さには驚く。
気に入ったモノが有りさえすれば、飛行機の旅と違って、
心配せずに、こうしたものも持ち帰ることが出来るのが、船旅の良さである。
通り脇にブロンズ像が飾られている。そのひとつをパチリ。
日本でも縁日に見られる懐かしい飴細工師の姿だった。

来店5人なら1人は無料にしますという上野家日本料理店というのもあった。
夕食を食べる時間まで余裕があればね、と笑って通り過ぎた。
人だかりの輪の中を覗いてみると、青年が赤い短冊に客の希望する文字をその場で書いて売っていた。
正月に飾る縁起物だ。
中山路日本料理店P1150244中山路書家P1150259中山路書家P1150260


親指の人形劇を演ずるアモイ人民劇場は、この通りにあった。
派手な彩りの宝籤売り場もあれば、こじゃれたフルーツジュースショップ、
輸入のビールも飲ませる仮設カフェも設けられている。
フェリー乗り場近くの出口、入り口?に近づいた辺りになると、人通りも正月らしいというよりも、
どちらかと言えば、生活者ではなさそうな観光客の群衆が往来していた。


フェリー乗り場から、対岸のコロンス島「ピアノの島」へ観光に出掛けるのだ。往路は無料で、復路に8元。
2階席で座ると有料で1元を要する。
つまり、往復座っての移動なら10元となる。コロンス島の左端には、巨大な鄭成功が立っている。
アモイフェリーP1150254アモイフェリー横ボロン図P1150255中山路出口P1150251


フェリーからどっと下りてきた観光客は、我々が歩いて来た中山路の商店街には入らず、
迎え出た観光バスに吸い込まれていく。
中山路の人通りの少ないわけが判った。
商店街への導線よりも、観光バスの駐車スペースが警視庁側に少ないことが、商店街の活性化を阻害しているのだろう。
2006年の時は、このバス停周辺は、地図の売り子たちが観光客に群がっていたが、
いまは、ちらほらとした目にしないし、彼らも大人しい。
「プヤオウ」と言えば、追いかけても来ない。新幹線が走り、観光客も多くなって、苦情が出たのか、
随分、官憲の規制が厳しくなったのだろう。
以前には見られなかったのが、地元の彫刻家によるあちこちに置かれたアモイ風俗の彫刻だ。
海を見つめている女性像は、恋しい人を今も待つ姿だと教えられたが、定かではない。
菅井夫妻が缶ビールを買うスーパーマーケットを覗きたいと来た道を再び戻る。
税関ビルで見たあのセンサー付き竹コプターをあちこち探し回った。
アルミ製の精巧なヘリコプターは売られていたが、それは見当たらなかった。
アモイ子供教育パソコンP1150264アモイ子供玩具P1150263


玩具店には、学習用コンピュータープログラムを楽しんで操作している子供達をしばらく見ていた。
一人っ子教育への期待と成長の先を想像させた。

スーパーストアは地下にあった。
せっかく両替した元をここで使っておこうと、ビール売り場へ真っ直ぐ向かった。
アモイスーパーマーケットP1150272アモイスーパーマーケットP1150268アモイ税関P1150126

菅井家のビール好きは半端ではない。
自宅の居間には、ビール各社の5種類ほどのブランドが、カートンボックスを横倒しにディスプレイして、
あたかもストーブの薪のように置いてある。
だから、当然のように、ここでも青島ビールを1箱分欲しいところだが、持ち歩けないので1ダースで我慢。
缶ビール12本で、驚くなかれ700円である。
僕は、正月用のイラストがデザインされた青島を2缶と、大型サイズのコルゲートの口中清浄液。
目を見張ったのは、飴玉のように山と積まれた一口サイズパックのおつまみの多種類なことだった。
不二家も明治も、他に日本文字のままの商品が多くあった。文字が質を保証しているのだろう。
身なりのいい老夫妻が食べ慣れてでもいるかのように、バスケットに入れていた。

足を止めさせたことがあった。
オレンジカラーの繋ぎの制服を着た二人組のおばさんたちが、黙々と、床を掃除している。
飛散しているもの、こぼしたものを見つけると、駆け寄って、たちどころに、ゴミ箱に掃き寄せられていた。
サービスという教育が此処では、始まっているのだ。

ホテルロビーで17時発のシャトルバスを待つ。
タクシーは、3kmまでが8元、そしてガソリン協力費?が1元。
1kmオーバーする毎に2元、そしてガソリン2元が付加されていく。
港まで20元以内で帰れると知った荘輔さんが、足の悪い美子さんのためにタクシーにしようと言う。
アモイタクシー車内P1150274

助手席に座ってすぐに、ドライバーの名札を撮った。
時折、ヨーペンとか、イッツツオーとかの言葉をつぶやいた。
回り道をさせないという牽制球である。
ターミナルビルまで、タクシーは15元で着いた。
それに、ガソリン料を乗客がいくらか負担するらしく、2元を付け加えた。
乗ってみたから、判ったこともあるのだと、初日の自由行動を喜び合った。

18423歩。
毎日1万歩を歩く荘輔さんには、なんでもないことだが、美子さんが、途中で腰を下ろすほどだったから、推して知るべし。
菅井夫妻と歩いた街では、最長の距離になった。スペインのマラガ以来だ。

部屋に戻った。
だらりと体を投げ出し、TVを観た。
ニューヨークのタイムズ・スクエアは、雪景色だった。
頭の上まで積もったよと、レポ-ターが肩をすぼませながら伝えている。
NHKワールドのニュースラインの天気予報だ。いま、2℃だそうだ。
ベルリンもパリも-1℃で、ローマ、ジャカルタ、クワルンプールは雨。
我々はこれから、赤道に向かって南下する。


「疲れたああ」と妻が帰って来た。観光バスに疲れたという。
旧正月で大勢が帰省する交通手段に大型の観光バスが優先的に充てられ、残っているのは小型だけだったようだ。
前もって、サスペンションが硬いとは聞かされていたが、車幅の狭さで、左右の揺れも大き疲労を増したらしい。
毎年、民族の大移動の時期なのだから、大型バスの手配は難しいことは織り込み済みのはずだ。
恐縮した現地の観光社がお茶を土産に差し出してくれたと喜ばせるのも、予定通りだろう。
土楼へ向かう途中、バスが停車したトイレは、予想外にきれいで、
観光地は、コロンス島のように、カートが交通手段だったそうだ。ツアーでは、可児さんとも一緒だったという。

公園に家族連れで楽しんではいても、街には観光客以外余り出歩いてはいなかったと話したら、
2月1日の旧正月は、自宅で過ごすことが多く、
その3日前、29日から準備が始まり、半月後の15日頃に提灯祭りがピークになるのだと、
妻は、ガイドからそのわけを聞いていたそうだ。これが、いわゆる「中元」といい、「小正月」の事らしい。

18時半、初回の寄港地から予定時刻に離岸。
海南島までは沿岸航走だ。
アナウンスによれば、多少の揺れはあると、予告された。
日本から宅配便で持ち込んだ「神の河」の中から5本と、築地で予約しておいたクサヤを、菅井ルームに持っていった。
菅井夫妻は、晩酌をしてから夕食に出るのが、慣例となっている。
菅井夫妻が先年に観光した土楼観光との聞き比べは、19時の夕食時となった。
アモイ夕食P1150281アモイ夕食P1150278


就寝前に、大風呂のスティームサウナに入りに出掛けた。
歩き疲れたのか、サウナの中で梨状筋のストレッチを行った。
明日は、公開日だから、体が休められる。

20110127

 就眠は25時を過ぎてしまったたが、朝は7時には目覚めた。

昨夜1時間の戻し時差があったから、体内時間では午前8時になる。

早朝尿の結果は、7.7になっていた。塩分の高いものは、何を食したのか。

ツマミの雲丹か、それとも薄い二枚の胡瓜か、

それとも夕食に食べた和牛ステーキのデミグラスソースか。

別皿に分けてくれているソースを肉片に付けたのは僅かに2度しかない。

それが塩分摂取を高めたとは思えないのだが。充分睡眠を取ったつもりだが、体がだるい。

洗顔する気にならない。妻が7時半に身支度を始めたが、朝食はパスすることにした。

考えてみれば、出航前にパッキングで徹夜、乗船でのパッキング開梱、

そして昨日の目一杯の日程(喩えてみれば、旅行代理店に出掛けて説明を受け、外食し、

その足で講演会に出掛け、太極拳道場に通い、続いて誰かのパーティに出席して、

何処かの音楽リサイタルに足を運び、最終上映館に飛び込み、

ついでにサウナに行って来たようなもの)だった。めまぐるしい一日だった。

本日は、昼食までさほどの重要日程は無いからと、再び体を横にした。

船内時間8時、(にっぽん丸のように八点鍾は鳴らないが)キャプテンアナウンスが入った。

『天候は曇り時々雨。只今、尖閣諸島の魚釣島の108k沖を航行中です。

・・・・・・・・・・・・・。まだ船は揺れながら、東シナ海に向けて南下となります。』


朝食を終えてきた妻の背中に、エルビンの顔が覗いた。

ヨーグルトルP1150030テーブルに僕の姿が無いので、心配して来てくれたのだ。

手には、ナプキンのかかった盆を持っていた。

せめて朝食にヨーグルトだけでも、という心遣いが嬉しかった。

9時から中国入国のオリエンテーションがある。

写真付き乗船カードが出来たので、

全員の出席を促すアナウンスがあった。

しかし、それも妻に委ねた。

日本時間11時半、テレビは、参議院代表質問の国会中継だった。

自民党、中曽根ジュニアに続いて、民主党新緑風会、輿石議員が質問をしている。

背中の窓外を見ると、曇天のガス状態だ。

台湾南下地図縦P1150040台湾海峡南下P1150021波頭激しくP1150034









窓は、波のしぶきで汚れて見にくいが、うねりの大きい白波が2mはあるように見える。

台湾海峡波高しだ。いくらか落ち着いたので、昼食は短パンTシャツで向かう。

菅井夫妻とは別になったが、案内されたテーブルでは、

昨夜、美子さんが話していた横浜の根岸にお住まいだという奥様方と一緒になった。

食事は、うどんだった。

受信したメールは、熱海の北野伸子さんと次男からだった。

青学マスコミ会の亜実は、挙式直前なので、現地で会う約束をやめることにした。

ライブラリーで、共同新聞から配信されてくるファックス新聞を読む。

昨夜の可児さんがいたことに気づかなかった。

挨拶して、7階のエントランスプロムナードに上がる。

バンドが、「黒い花びら」など、一連の懐かしのメロディを演奏している。

それを聴いている客に一緒に歌うことを促している。にっぽん丸にはないことだ。

操舵室解放矢印P1150091航海士望遠鏡P1150085







9階のブリッジ(操舵室)が解放されていることを知り、13時半にさらに上へ上がる。

海は天候が荒れて視界も悪かった。見学の船客達は、ウイングの外に出ることもなく、

大きなテーブルにある海図の一点を気にしている。海図の中に、赤い光があるからだ。

由良キャプテンP1150070

海図の光P1150072操舵室の神棚P1150062







由良キャプテンが、そこへ顔を出した。海図を前に気さくに解説し始めた。船客が群がった。

赤いランプは、船の現在地点をトレースして移動していく。コンパスと定規で距離を出すのだろう。

全船がコンピューター制御のこの船に面白いのは、何処の船もだが、

操舵室の奥の壁に、日本がある。神棚が祭られていることだ。最後は、なんといっても、神頼みなのだ。

ピアノサロンで本を読んでいると、「世界遺産」講座を終えた妻と管井夫妻がやって来た。

明日の寄港地、アモイ自由散策は、菅井夫妻とぶらつくことにした。

妻は、往復4時間かけて客家の土楼観光ツアーに参加するからだ。

15時からの太極拳教室に、美子さんも付き合ってくれた。

8階だからか、横揺れが、太極拳の習得を妨げる。何とも残念、集中できなかった。

どうも、バックのステップと手振りが、掴めないままに終わった。

少し、汗ばんだが、シャワーを浴びるほどではない。

妻は入れ替わって、輪投げゲームに出掛けていった。

BSNHKのニュースでは、豊橋の養鶏場で鳥インフルエンザ15万羽の処分が進んだと報じている。

先日は宮崎、その前が韓国で騒がれたが、愛知県は初めてではなかったか。

名古屋人が大好きな「山ちゃん」の手羽先はどう対処しているのかな。

19時半、菅井夫妻と夕食は、豆乳のしゃぶしゃぶ。

しゃぶしゃぶは、湯引きすることで、カリウムが落とされるとして、腎不全に僕には、

格好の食事だと、最近は喜んでいる。野菜鍋などもその点で有り難いのだが、

出汁で雑炊や素麺をとなると、喜べない。カリウムたっぷりを口にするわけにはいかぬ。

調味料には、持参した黒酢と妻が挽いた唐辛子を毎回使っているのだが、

この唐辛子、菅井荘輔ファーマーから送られて来ているのだ。

ひとしきり、菅井荘輔ファーマーの話になった。

県の庭園造りからリタイアした彼が持っている畑は、3軒分は優にある広さで、

ありとあらゆる品種がある。毎日、クルマで通勤?して、畑仕事をして、

健康ランドでサウナに入り、夕食前に自宅に帰る。

手作りの野菜の中でも、殊更に、唐辛子は萩原用だそうだ。

知り合いの農家の人に冷やかされるほど、多くの唐辛子を、僕のために栽培してくれているのだ。

調味料は山葵、辛子、酢にマヨネーズだから、僕のために育ててくれているようなもので、実に有り難い。

妻は、赤く乾燥した唐辛子をミキサーで挽くのだが、いつも眼を泣きはらしている。

そして、僕はその、唐辛子のお陰で、血行も良く、食事が美味しく味わえている。

レストランへ着て出るシャツが要るので、売店で白のポロシャツを買い置きしておいた。

当然と言えば当然だが、Lは、辛うじて1枚だけになっていた。


メインショーは、横浜から乗船している二人の中国人役者による京劇「孫悟空」である。

今晩の売りは、中国伝統の秘技と言われる「変面」である。

何度も何度も瞬時に仮面が変わる技は、ダレもが驚きの声をあげるばかりだ。

仮面の顎に、ゴムのような仕掛けがあるのだろうが、眼をこらして視ていても見抜けない。

写真撮影は禁止だが、ビデオ撮影で、駒止めするほかない。観客からは、大拍手を受けた。


明日が最初の寄港地、中国であるために、今日は、中国茶教室や中国切り絵教室、

中国衣装着付け体験、お香(香木伽羅の故郷)を楽しむ教室があり、

中国入国オリエンの直後に講演は中国の世界遺産だった。

そして、メインホールの中国民族芸術団のショーで終えた。

船内は、こうして、明日の寄港地、中国大陸への期待を充満させて台湾海峡を抜ける。

7階のオープンバーは、全防火扉、水密扉閉扉訓練のため、一時クローズになる。


キャビンに戻ると、フロントからのメッセージがあった。

BKKのバース(埠頭)への車の乗り入れは、

オペレーションビル(OBと称するようだ)から20mくらいのところにパーキングに停めることが出来ると言うこと。

イミグレ通過には1時間を要するとのこと。つまり、9時着岸なら、下船は10時になることも判明した。


石沢君へメール:

<日曜日に水上マーケットから市内に戻っても、ウイークエンドマーケットは未だ開いているだろうか?

日曜日は、ウイークエンドマーケットだけにしようか。

菅井夫妻は、月曜日にアユタヤ観光ツアーを予約済みだ。

シャトルバスは伊勢丹を往復する。待ち合わせは、1階のジムトンプソンで、BTSでウイークエンドマーケットに向かおうか。

尚、昼食にMKのタイスキ、夕食は中華街に出ている例のケータリングカーでフカヒレスープを食べさせたい。

まあ、時間に余裕があれば、エンポリュウムで買い物。

翌日の月曜日は、我々二人だけで、早朝の水上マーケットに走る。

このほうが、車も小型で一日だけのレンタルで済むがどうか。

シャトルバスの到着時刻は、追ってメールする。以上>

シンガポールの村松君とのメールでは、家族会食やら挙式準備で多忙のようだから、市内で会うことを辞めにした。

今回は、オープンしたばかりのマリーナベイ・サンズに出掛け、

妻の希望で、新装ラッフルズホテルでお茶して帰ろう。

このマリーナベイ・サンズ、ぱしびの説明会の日、

此処へのツアーはなかった。作った方がいいですよとアドバイスしたが、

ツアー担当者は、このマリーナベイ・サンズを未だ知らなかった。

さて、どうなるか。タクルか。

 

 20110126

 

7時起床。左舷後方に朝日が空を染める。

だが、二重窓で、しかも汚れているため、船室から撮るわけにはいかなかった。

恐らくこの日の出も、荘輔さんはデッキで撮り終えたのだろう。

船は、既に鹿児島の大隅半島、志布志湾の内之浦沖を南下している。

鹿児島南下P1140938

朝食後にパソコンルームに入り、メールを確認する。

バンコックの石沢君からは、水上マーケットとウイークエンドマーケットを、

やはり、日曜日1日で回ろうと書いてきた。

2ヶ所が離れているので、少し無理させてしまうのが申し訳ない。

再度、考え直してみよう。


9時には、大隅海峡を通過。本州とは、そろそろ離れるのだ。

種子島の先の屋久島を今回は、眺められるだろうか。

 

9時15分から規定の避難訓練が始まった。

救命胴衣は、洋服ダンスの最上棚に収められている。それを下ろして、体に付けた。

胸回りを締める紐の長さが不足した。胸囲が増えた訳でもないのに・・・。

後で新しいものと交換しておこう。いざというときに役に立たない。

こういう不測のことってあるから、訓練は必要なのだ。

避難訓練P1140940

避難訓練P1140941避難訓練P1140942







我々の指定されたデッキは「左舷の4番」である。

5階の船室から、8階のボートデッキまで、階段を整然と上がっていく。然し、船が揺れてきた。

足が不自由な船客は、手すりに頼らざるを得ないのが気の毒だった。

地下から湧いたように続々と甲板に集まってくるこの訓練時、

いつもは思わぬ知己との出会いがあるものだが、今回はなかった。

朝食の早い人、夕食が二回制で会えない人、ゲームイベントに出て来ない人なども、

この避難訓練は全員参加であるからだ。グループの責任クルーからの説明と点呼が終わって、

胴衣を部屋に戻す。この後のスケジュールは、オプショナル・ツアーの説明会がある。

7階で珈琲を飲みながら時間を過ごすことにした。

妻は、11階のオブザベーション・ラウンジで開かれる中国茶教室に向かった。

日本中国茶芸師協会副理事長の山田伊津子さんが講師だ。

ところが、船酔いの薬が効きすぎて、半分は居眠りしていたと聞かされたのは、

8階のメインホールでのツアー説明会に座った時だ。ツアーディレクターのしゃべりに感心した。

P1140945P1140953P1140962







にっぽん丸の内山ディレクターとは大いに違い、

現地体験も自らが歩いて観たことを観光客の目線で語る。

現地のガイドからの受け売りでない、自分の好奇心と知識の量から淀みのない語りは、

原稿無しである。その説明が聴く者へ安心を与えた。さらに言えば、

寄港地のスライドの種類も豊富で解りやすい。

目的の観光地周辺の空撮写真もネットから取り出しているし、

初めての寄港地では、税関への通路写真までも撮ってある。

いわゆる観光本から転写したよう写真ではなく、

自ら歩いた街中の商店街のスナップまで投写してくれている。

昨年の正月クルーズでは気づかなかったことだ。似かよったアジアと言えども、掴み取れた。

この点は、今後、にっぽん丸スタッフ、見習うべし、だと思った。

P1140978P1140981P1140982







続いて7階のメインラウンジで、目黒正武氏(世界遺産アカデミー主任研究員)による

講演「アジアを代表する世界遺産」を聴く。

今日から5回シリーズで、世界遺産の諸々をレクチャーされる。

ナイヤガラや富士山が世界遺産にならない理由を知っている人は少ないだろう。

それは、「世界唯一無二」という選定基準から外れるからであった。納得した。

前者は、イグアスの滝にも劣り、後者は、塵の山だからと野口健さんの働きかけで、

クリーン化運動が起きたこととは別問題だったのである。

富士山は、スカイラインという現代的な土木工事がなされ、なおかつ、山麓には、

陸自の演習場が有るため、キリマンジャロと比較しても「単山」としての価値が劣るからなのだ。

このため、描かれたり、パワースポットとしての文化ポイントと、

サムライの鎌倉を抱き合わせて世界文化遺産に推薦しようと検討に入ったのである。

今日は忙しい。終わって15分後の15時には、8階のメインホールで、太極拳教室の初回に参加した。

太極拳教室P1140990荒波P1140988







講師は、日本武術太極拳連盟公認1級審判員の高木富美子さん。

7名ほどの男性も交えて、およそ20名の受講生が基本動作を習うのだが、

船の横揺れが激しくて、片足への体重移動がなかなかバランスを取りにくく、

弱った。

初回のはずなのに、初めての受講生は、どうやら、僕を含めても、4人もいないようだった。

ダンスステップのように、どこかに足運びのラインを書いてくれれば憶えやすかろうに、

遠くの壇上の宣誓の足下を見つめるだけでは、憶えきれない。

体重移動を頭に入れていると、手の動きが止まってしまう。見た目よりも難しいぞと、困惑した。

それでも、45分を経過したときには、さすが、太極拳、僅かな畳一畳ほどの運動で、

背中に汗をかいていた。部屋に戻ってみると、妻は横になっていた。

酔い止めを飲んだからだ。BSTVでは、韓ドラ「ガラスの城」が終わりかけていた。

部屋のシャワーを初めて浴びた。


1回目のフォーマルナイト(ぱしびでは、

グランド・オープニング・パーティという)の為に、すっきりしたい。

現在1633分は、アモイへ南下するトカラ列島、宝島の北を航走中。船の速度は、16.6ノット。

時折、船底で波を叩いている音が響いてくる。大きな揺りかご状態が続く。

50分からの20分間が、オフィサーとの記念写真の時間に設定されている。

写真を撮らない我々は急ぐことはない。17時半に間に合うように、着替えればいいのだ。

と、パソコンで日記を叩く。時間になった。久しぶりにタキシードを着るのだ。

もうあと、何回桜が観られるだろうかとはいうが、今の心境は、

もうあと、何回着られるのだろうかと、自分の体調を気にする。

透析になれば、船には乗れないからだ。

外国船でさえも、透析医療器を載せているクルーズ船は少ない。

毎日、4時間もベッドを占拠してしまうのでは、ベッド数に限りがある。

よしんば、簡便な透析医療器を船側が自室へレンタルしたとしても、

ナースを含め、その費用と数に限度はある。

乗れなくなる日が近づいていることも確かなこととして受け止めている。


タキシードも着慣れてきた。

名古屋時代のクライアントだった御幸毛織のベテランカッター、

深谷太一さんが仕立ててくれたものだ。

何処に出ても恥ずかしくないからと太鼓判なのは、人物ではなくて、タキシードの方だが。

タイは3色、カマーバンドも三色。太一さんからプレゼントされたプリーツのついたドレスシャツは、

さすがに気恥ずかしくて、駄目だ。時計もブラック。足もエナメル。

フォーマルナイトの回数が多いと、ダークスーツで済ませるのも、

モッタイナイと、船に持ち込むのだが、皺にならないようにと厄介である。

カマーバンドの上、3個のアクセサリー・ボタンを付けるのが、さらに、厄介そのものだった。苛つく。

最初の頃、このフォーマルナイトが七面倒臭くて嫌だったのは、そのボタン付けだった。


さて、ぱしびのフォーマルナイト、いわゆるウエルカム・パーティだが、

前回の時は、7階のメインラウンジだった。今回は、8階の船尾にあるメインホールだ。

あのがらんとした広さをどう飾り付けするのだろうかと興味が湧いた。

8階のエレベーターの出口からホールへと続く通路は、長蛇の列だ。

これは、どの船でも同じ。相変わらずだ。ただ、この行列が、僕には苦手だ。

女性陣の眼力の鋭さには火花が見えるようだ。頭のてっぺんから、足下まで、

品定めをする光線がバチバチ音を立ててぶつかり合っている。そんな無言の火花なのだ。

ミドルクルーズの今回は、まだしも、これが、世界一周というロングクルーズにでもなると、

この日のために寄港地で買い揃えたであろう、ちょっと変わったアクセサリーや衣装で

おめかししてくるご婦人が目立つ。夫族は、その夜、奥方からどういうおねだりをされるか、

戦々恐々だそうだ。


入り口には、キャプテン、機関長、チーフパーサーの三役が礼服で出迎えてくれている。

リピーターは、そこで、三人にそれぞれ、二言三言久しぶりの挨拶をするから、さらに、渋滞が増す。

そこを抜けてホールに入った。お見事。

軽量なパイプ椅子ではあるが、オリエンテーション時の椅子とは異なる。

それなりに洒落たものが白いテーブルクロスをかけた円卓の回りに配置され、

テーブルには、キャンドルライトが揺れている。周囲の窓カーテンを見なければ、

ちょっとしたホテルのパーティ会場となっていた。

イベントスタッフのことを、ぱしびでは、ソーシャルスタッフと称している。

多目的ホールにスタッフの苦労をうかがい知る。ご苦労様。

今晩は、菅井夫妻と示し合わせずにホールに入ってしまった。入り口を見張って、手を挙げる。

意外にも美子さん独りだ。わけを訊くと、あの荘輔さんが船酔いをしてしまったらしい。

食前酒の飲み過ぎではなかったのかと、混ぜっ返した。

制服ステージP1150011酒升からステージP1150009







中央ステージの檀上には鏡割りの酒樽が、右端のフロアーがバンドステージ。

ステージに当てられたスポットライトに浮かんできた由良キャプテンが挨拶。

そして、恒例の副船長、機関長、以下勢揃いしたクルーズスタッフの自己紹介だ。

機関長の挨拶によると、今回の1ヶ月クルーズのために、IHI(石川播磨)のドッグで10日間、

    入念な機関チェックをしてきたと言う。安心してクルーズをお楽しみ下さいと。

   船客から拍手が起きた。

 シャンパンP1150003キャンドルP1150002けいこシャンパンP1140994

 





 クルーズで、カクテルパーティと称されているが、乗船していない方々に、これが興味津々のようで、

 よく質問を受ける。然し、腰が退けるほどのものではない。

 テーブルに座って、その席で同席した僅かな数人の方々と、

 運ばれてきたカクテルを口にして話をするだけだが、キャプテンの一連の挨拶が終わったら、

 バンド演奏が少しあってお開きになってしまう。いわゆる、パーティという、

 人の間を縫って互いに紹介し合うといった様式も時間もないのだ。ほんのひとときの真似事である。

 ましてや、カリブ海でのショートクルーズは、フォーマルドレスコードなしのカジュアルスタイルである。

 2003年には、怖さ見たさの、興味があったのだが、肩すかしを食った思いがある。

 そうなんだ、日本船なのだし、日本国内では「豪華」客船と言われているが、

 世界のクルーズ船は、その3倍以上、オフィスビルのサイズなのだ。

 フォーマルナイトのフロアーでは、カクテルが運ばれている。

 ホールでのサービスは、普段は、カフェバーでサービスをしてくれているのは、

 日本語もできるヨーロッパの女性達である。

 ぱしびでは、カクテルの種類が何をシェイクしたのか、説明がない。

 その名称も種類も訊かなければ不明のままに配られる。

 にっぽん丸の方は、メニューカードも添えられているし、こうしたパーティでは、

 その発案バーテンダーが、説明するという場を与えられているから、拍手も受ける。

 シンプルと言えばシンプルだが、なんとも味気ない。

 どの船もそうだが、カクテルを一杯飲み終わる頃には、ダイニングへ急げと言う。

 話が中途で立ち上がる。つまりは、セレモニーの形を取ったと言うだけで終わるのだ。

 余りにも、日本的と言わざるを得ない。つまり、パーティ感覚は体験したとは言えないのだ。

フォーマル記念写真P1150001P1150014可児さんP1150013

 






そして、行列してレストランへ階段をぞろぞろと下りる。

外国船籍のクルーズはもそうだろうか、まだ誰にも訊けていない。

ディナーは8人テーブルに案内された。

美子さんの隣は、二人の女性。僕の隣りにも同じく、二人の女性。

見知らぬ互い同士だから、最初の切り出しをどちらがするかになる。

僕の横の女性が、「東京ですか?」と投げかけたことから、話は意外な展開になったのだ。

二言三言話すうちに、言葉のエロキューションに親しみを感じたのだ。

直感で、あ、東海地区の人だ、もしかしたら、名古屋の人だろう・・・・。

やはり、二人ともが名古屋の人だった。東山に住む可児さんと徳川町の村山さんだった。

東山は、妹の大学が、徳川町の近くには、僕の中学校があった。

しかも、08年に世界一周したというにっぽん丸組だった。

ご多分に漏れず、ひとしきり、にっぽん丸と、ぱしびの比較、飛鳥の比較が始まった。

大きな声でではない、辺りをはばかっての抑えた声で、だ。話が一段落したところで、振ってみた。

名古屋の人なら、高木夫妻をご存じではないかと。すると、出てくる、出てくる、お馴染みの名前が。

早川夫妻から工藤夫妻、それに野村道子さん。

野村さんは、名古屋の加藤さんという方を伊豆高原の自宅に招いたそうで、

そのお返しに、今度は、犬山ホテルで会食をしたというではないか。

犬山ホテルをセッティングしたのは高木保彦さん。

加藤という方以外は、僕がデッキゴルフに誘い込んだ船友たちだった。

世間の狭さというか、船旅の良さというか、最初のフォーマルナイト・ディナーの席は、

大いに盛り上がってしまった。

バーにある大画面のナビで見ると、船は、奄美大島沖だった。

二胡コンサートP1140971

食後は、妻とは、今晩のメインショー、二胡とピアノとチェロの三重奏を聴きに行く。

さらに、シアターへ向かい、見逃した映画「幸せの隠れ場所」を観る。

 

キャビンに戻って、ようやくフォーマルウエアを脱ぐ。

クローズまで30分だが、大風呂にプールサイドを抜けて、急いだ。

全身をお湯に浸かり、思い切り手足を伸ばして、足の筋肉をほぐす。

タキシードは、背筋を伸ばした姿勢でエナメルの靴で歩くので疲れる。


 ベッドに横になる頃、ようやく那覇の西沖合になっていた。

NHKの天気予報では、日本は、まだ雪模様の厳しさが続くと伝えていた。

 

 

 

 

 

20110125

  7時半には目覚めることが出来た。

朝のニュースは、ロシア空港での爆発事件を伝えていた。日本人は居なかったようだ。

宮崎県では皮肉にも、東国原知事の退任にタイミングを合わせたように鳥インフルが再発生した。

行政は常に待ったなしだ。これまで県政の側で最前線にいた東国原元知事のコメントは

あったのだろうか。

 今朝の早朝尿、塩分計は5.2と言う数値だった。6gを越えていないので、まずまずだ。

今回は、塩分摂取量を測る「減塩モニター」を持ち込んでいる。

伊勢湾沖かP1140778

 8時半には、レストランに出て行けた。

オムレツコーナーで、ハム・チーズ抜きを頼んでから席に着いた。

朝食は、案内なしでテーブルを選べる。ビュフェスタイルなので、適当にチョイスするのだが、

腎臓に負担をかけないようにするため、好きなクロワッサンには手を出さず、

プレーンな食パンにマーガリン、ヨーグルト。

カリウムの多い生野菜のサラダを避けて、野菜スープの野菜だけを小皿に掬う。

その代わりに少量のフルーツを楽しむ。そのフルーツと出来上がったオムレツを、

エルビンが運んできてくれる。「ヒルハ、アノセキデ、マッテマスカラ」と、妻に囁いてから去った。

さすがに、自宅で飲む無塩のトマトジュースはない。朝食を和食にしないでいても、

サラダやホイップバター、メロンやバナナ、副菜と、目の毒になる誘惑食材が多いのだ。

朝でさえ、そうだから、昼夕食によほど自制しないと、塩分数値が過多になりやすい。

 顔見知りの船客はいないかと見渡す。レストランの窓が汚れて、景色が見にくい。

食後は、決まって、珈琲中毒の妻と7階のカフェに座る。

9時からは8階のメインホールで、スカットボールをやってみると、妻。

では、楽しんでいる写真を撮ってやろうと言ってしまった。

スカットボールP1140772スカットボールP1140773

けいこゲームP1140780




 



その前に、国内外の関係者へ契約した船内メルアドを送信しておきたいと、パソコンルームへ急いだ。

息子達とデッキゴルフ協会事務局長ほか、シンガポールとバンコック、台北に寄港日着岸時間を伝えた。

メインホールでのスカットボールとは、ゲートボールとスマートボールを合わせたゲームだった。

イベント初日だからか、参加人数は10名ほど。楽しんだ妻は、次のオーバルボールもしていくという。

変形ボールを転がして数字のスコアを競うのだ。

 ぱしび階層図P1140779カジノコーナーP1140798


 

 



船内を歩いてみる。11階トップラウンジのゲームコーナーに上がった。

プールサイドが撮れない。やはり窓が汚れていた。スタッフに苦言を呈する。

螺旋階段を下りる時、美子さんがカフェで歓談している姿を見かけた。

コサージュ教室で友人ができたようだ。iPhoneがまだ通じる海域にいるようだ。

長男から電話が入った。GPSの画面も出た。友人の池田君からメール。

デッキゴルフ協会の塚田会長が川田さんに弔電を打ってくださったとのこと。

「優勝したわよ」。妻がゲームを終えて帰って来た。

美子さんの話相手は、03年のにっぽん丸の知己だったことが判明。

25日夕食P1140800

キャプテンP1140810神戸入港P1140807



 

 



昼食はちらし寿司だった。塩分を避けるため、いくらと赤だしは、外していた。

もう、自然にそれができるほど、塩分の高いモノには、興味が薄れてきた。蒲焼きを除いてだが・・・。

神戸港接岸は13時で出港は16時。

神戸からの乗客にとっては、今がバタバタだろう。デッキで写真を撮ってゆっくりしているのは、横浜組だ。

この後に、神戸組と入れ替わって、誰が藤川球児になれるか,能見篤史か。

 入港前の紀伊水道では風も強く冷たかったが、神戸は穏やかで、日射しも暖かかった。

青学熱海会の下山会長から電話が入った。熱海から東京に帰ってしまったのかと。

1週間の間に片付けと雑貨の持ち出しやら、掃除やらでバタバタしたので、失礼してしまったのだが、

今は、神戸だというと、驚かれた。離岸すると、iPhoneも受信が難しくなるからと、

ミクシーへの書き込みも終えた。

 テープが空を切る風景は、見ないで、一旦、部屋に戻ることにした。妻は部屋で微睡んでいた。

疲れが出ているのだろうからと、僕もベッドに寝転ぶ。

ここらへんが、飛行機の旅ではできないくつろぎ方だ。だが、文庫本を読む間もなく眠くなる。


 由良キャプテンのアナウンスで眼が覚めた。16時17分だ。3時間は眠っただろうか。

妻の姿はなかった。彼女は、出航セレモニーにプロムナードデッキへ出て行ったのだろうか。

既に神戸の桟橋を離れた。230名の乗員が335名の船客と1ヶ月の旅に出た。

未だ戻ってこないのは、帰りに8階の「雨天体操場」(僕らはメインホールを、こう呼ぶのだが、

講演からショー、運動会から盆踊りまで使用の多目的ホールである)で行われる

ぺタングで遊んでいるのだろう。フランス発祥のスポーツ?ゲームだ。

6~10m先の目標物に球を投げて、近くに寄せたかで得点を争う競技だ。

体に負担をかけずにプレイができるので、中高年のリハビリに役立つと人気が出て来た。

そもそもは、フランスの南部で遠投を競ったチャンピオンが病気で車いす生活になったことから、

助走なしに投げる今のスタイルになったと言われている。

日本では、俳優仲間とゲームをした伊丹十三が最初の人物だと言われている。

船は、これから、紀伊水道から鹿児島沖を南下して、一路、アモイに向け東シナ海を航走する。

キャプテンは、季節風による2mの波が出ているとアナウンスした。

 

 夕食には、タンガリーシャツにV字半袖セーター、その上に夏のジャケットを着ていくことにした。

我ながらなんとなく、しっくりこない。苦肉の重ね着スタイルだ。早く、鹿児島を抜けて欲しいもの。

少し遅めの20時に、菅井夫妻のキャビンをノックしてレストランの階へ上がった。

ペタングは、菅井夫妻も付き合ってくれたらしい。

 鹿児島大学に勤務の長男から妻の携帯に電話が入って、出航日を知らなかったと嘆かれたという。

それにしても、陸地から20k以内の航行中でよかった。

紀淡海峡か、紀伊水道の一番狭いエリアだっただろうか。

大阪湾航行ナビP1140831 本日も、食前酒は頼まなかった。エルビンは、

不思議がっている。料理に「氷頭なまず」が出た。

初めて口にした。コリコリと歯ごたえがあって美味だった。

荒巻鮭の鼻筋に当たる軟骨の部分だそうだ。

屋上のジムに行くなら同行するわと美子さん。

荘輔さんは、船でも5時起きで日の出を撮って、プロムナードデッキを何周も歩いて朝風呂に入るのが日課である。

 その荘輔さんが、にやっとしながら万歩計を差し出した。数字は13000歩を示していた。

船内は知らず知らずのうちに、階段を上下したりするので、思った以上に歩いているものだ。

乗船時は杖に頼っていた年配者でも、帰国する時には、杖が消えている程、足腰が鍛えられていく。

微妙な揺れのバランスも取れてくる。つまり、クルーズは、オゾンを吸うだけではなく、

船内を歩くことで、健康にいいのだ。

 

 美子さんが、「せっかくだから、何かを憶えて下船したいね」という。

美子さんと妻が親しくなったきっかけは、麻雀教室なのだ。「太極拳くらい憶えて帰りたい」と僕がいうと、

美子さんが、「私、公民館でお金払って習ったの」と応えた。

「朝早い時間帯では起きられないな」と返すと、

荘輔さん、「じゃあ、お前が高さんに教えるんだぞ」と酔いの回った口で美子さんの肩を叩く。

美子さん、うろたえる。

 話を代えた。「バンコックでは日曜日を水上マーケットに向かい、

帰りにウイークエンド・マーケットを歩こうと思っているのだが・・・」と打診すると、

菅井夫妻は、予約していたアユタヤ観光を月曜日に変えるという。

パソコンルームP1140770

 このことを、バンコックの石沢君にメールで再確認しておこうと、

パソコンルームに入った。

荘輔さんは帰って寝ると部屋へ戻った。

 2015分から、同じ7階のメインラウンジで,

エンターテイメント・オリエンテーションがあるからと、

三人は、ウインドウ・オブ・メコンというオープンバーで珈琲を飲んで時間を潰す。

船は、少し横に揺れだした。


 今夜のショーだけは、顔見せだから写真撮影が許可されている。2列目の席に座る。

開演した。クルーズ・ディレクターがMCだ。

京劇P1140906古今亭菊之丞P1140832ダンサーズP1140877






困った事に、1列目の大柄な男性の頭部が画角を出たり入ったり落ち着かない。

隣のご婦人二人は、黄色い声を張り上げて、馴染みのスタッフを愛称で呼びかける。常連らしい。

ツアースタッフからイベントスタッフまでが紹介される。

これは、にっぽん丸でも同じだが、

違うのはプロダクションショーの外人ダンサーとシンガーを持っていることだ。

ブロードウエイやベガスのオーディションを経て、狭い船のステージ用の振り付けを

トレーニングしてきている。見慣れた顔をステージの袖で見つけた。

にっぽん丸でステージの演出を永年担当していた石橋さんだ。にっぽん丸からの転出組だ。

美子さんは彼の演出で、「龍王祭」(赤道祭りの演劇)に出演したのだ。

イベントクルーP1140857ツアークルーP1140854演出P1140859







講師やスタッフの紹介、すべてが終わった時、おひさしぶり、と挨拶した。

2階席がない低いステージでは、ご苦労が多いのではと訊くと、

高い天井が必要な場合は、8階のメインホール(雨天体操場だ)で作りますと笑った。

石橋さんに挨拶に来られたご夫妻にも見覚えがあった。

あ、スペイン語の得意な、ダンスのご夫妻、九州の古子さんだった。

これで、にっぽん丸での知り合いが5組に増えた。

部屋の航路ナビは、2145分丁度に、室戸岬沖に出た。波も静かになった。太平洋に出る。

明日の昼は、避難訓練、夜はフォーマルと、慌ただしい。

太極拳教室は朝7時ではなく、15時にしよう。

 

  今晩も大風呂ではスティームサウナを10分間。サウナでも風呂の中でも、

足腰のストレッチを励行する。

     23時から揺れてきた。部屋に戻る。洗面所に、ドライヤーはあった。

P1140932P1140931P1140937







BSTVは、アジアサッカー日韓の準決勝戦。前半を1:1と、際どい戦いの最中だった。

パスでは崩せなかったという。前半のペナルティキックで日本は1点を取られたらしい。

後半、イエローカードが3人になってしまった。ロスタイム2分を切った。

日本のフォワード、足が追いつかない。押し上げられない。縦パスが通らない。延長となった。

韓国は2試合共、延長だ。ニッポン、円陣を組んだ。韓国は後1枚、日本は2枚は切れる状態だが、

日韓戦らしい戦いになったと解説者が興奮している。前半15分が始まった。

岡崎が倒れて、PKを得た。本田圭佑が蹴った球をキーパーに取られたが、

バウンドした球を細貝が射し込んだ。2:1。後半にもつれて左コーナーに蹴り込まれて、同点。

なんと、因縁のPK戦となってしまった。4年前のアジア大会で敗れたPK戦だ。

ゴールキーパー川島に大きなプレッシャーがかかる。本田が成功して余裕が生まれたのか、

川島も敵の球を弾き、ついに日本が競り勝った。


 決勝進出が決まった時、船は足摺岬沖を通過中だった。日本時間の日は、変わっていた。

 

はじめに

萩原高 徒然なるままに、書きますが、街で耳にしたこと、眼に入ったこと、などなど、生活を変えるかもしれない小さな兆しを見つけたいと思います。

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