萩原高の眼

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世界一周クルーズ日誌
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アジアクルーズ日記

アジアクルーズ日記 (8)

 20110124

ほぼ徹夜に近いバタバタで、準備してさほど眠っていないのに、9時半に目が覚めた。家を出るのは12時としているが、もしや、なにか有ってはならじと、起きてしまう。

出掛けに留守電話のチェックをした。すると、デッキゴルフの仲間、川田さんの力のない声が入っていた。奥様の愛子さんが12日にお亡くなりになったとのこと。これは、仲間に知らせておかないと行けない。玄関に置いたバッグから急いでダイナブックのノートパソコンを開けた。慌てて、一斉メールをデッキゴルフ会員に打った。会への紹介者である姫路の山縣さんは、既に御存知だと思うが・・・。

僕の手荷物は二つ。小型のスーツケースと、タキシードを入れたラゲージバッグ。背中には、レノボのPCを背負った。妻は三つだ。化粧卓に起きたい拡大鏡を割れないようにと、手荷物バッグと、折り畳める軽量のキャスターバッグに、日常品を入れたリュックスタイルのバッグ。似たような出で立ちだ。他はすべて、一週間前に、宅配便で船に送付済みだ。

キャスターをゴロゴロと歩道に響かせながら、駅に向かう。初めてのロングクルーズの時は、予約したワゴンタクシーデッキゴルフ横浜に向かったが、回数を重ねるうちに、節約を心掛けることにした。寄港地で有効に遣った方がいいからだ。交差点で信号待ちになった。高揚した気持ちを落ちつかせる。Ⅰヶ月は、居ないのだからと周囲を見回した。目を小型のバッグに落とすと、凸凹の舗道に揺れたせいか、薄く開いている。

「あ!鍵を忘れた!」妻が慌てて、スーツケースの鍵を取りに引き返す。初日に事件未遂。・・・。乗車前で助かったとも言える。やはり、早出は、良かったのだ。

上野駅からの京浜急行は空いていた。いつもは、関内駅まで行くのだが、今朝は、エレベーターのある桜木町駅で下車。旅に出る前に階段で足などを挫くことを避けようということだ。なぜなら、自分が思っているほどに、若くはないのだからだ。


時間調整のために、妻が珈琲を飲むと言い出した。彼女と外出すると、必ず、珈琲タイムが入る。ならばと、BUBBY‘Sというカフェレストランに入った。

店内は、LAXの雰囲気をもっていた。エトランゼの気分にさせてくれた。口当たりのいい分厚い陶器のカップで珈琲を飲んで、ゆったりできた。

目の前のタクシー乗り場にゴロゴロ。手荷物を見た客待ちの運転手たちの会話が、変わった。「今日の船は?」、「アジア」。トランクを開けながら、すかさず、仲間に教えている。ここからの送迎も多いのだろうが、その日の客の動向をよく把握している。さすがだ。

左側に客船が見えてきた。大桟橋の入口にタクシーが停まった。目ざとく、ぱしび(ぱしふぃっくびいなす号)の担当者が走ってきた。手早く荷物を代車に載せてくれた。

これだ、この空気。わさわさした、期待と惜別の交差した人声が、天井にどんどん上がっていく。エアポートのそれよりも、晴れがましい空気が充満している。

 身軽になった足で、ゆたかクラブの受付に向かう。松浦社長に挨拶。予め作成されたビザなどの書類にサインを終える。乗船者がくつろぐオープンカフェの前で、こちらをじっと見つめている男性がいた。あ、ああ反町、彼が見送りに来てくれていたのだ。

 反町は僕の教えていた東京映像アカデミアのCMコースの受講生で、日々は、東北新社の傍系CM会社でプロダクションマネージャー(以後PMと略す)のバイトデッキゴルフ、現場修行の毎日だった。講義後の茶会で、クルーズの話が盛り上がった。そこで興味を深めたのが、反町君だった。

 丁度、2回目の世界一周クルーズを予約した直後であったこともあり、若い人たちでも乗れる「ピース・ボート」による世界一周クルーズを教えた。ほとんど同じコースをトレースする06年度の航路は、我々の1/2の費用で回れるのだがどうだと、勧めてみた。彼は、結局、僕と同じ年度に世界一周クルーズを経験した。

帰国して、世界観が変わったと。映像に関わる仕事をLAXでしたくなったと。留学して卒業した。映画制作もCMロケも現地で体験した。然し、景気の低迷で就活は思うに任せなくなった。帰国した。米国のCATVの日本支社で面談してくれるという話を聞いて、互いに喜んだ。軽いシミュレーションをして励ました。見送りの記念写真を撮って、イミグレへ向かった。

イミグレの先には、乗船客を迎えるフィリピン・クルーが勢揃いして待ち構えていた。すぐに、エルビンと視線が合った。片手を揚げると、久しぶりという表情で応えてくれた。2年前、長男次男共に家族全員でニューイヤーズ・クルーズに乗せた。航路は、台湾から沖縄を回ってきた。その時、未だ4才の孫を大変可愛がってくれたエルビンだ。

ヘアースタイルはショートカットに変わっていた。列を抜け出して、手荷物をサポートしようと駆け寄って来てくれた。キャビンは左舷の538。ゴミヤと憶えられるから忘れない。同伴して荷物を入れてくれた。菅井夫妻は、同じ左舷だが、4部屋ほど船尾寄りだった。ルームキーは、30日間というミドルクルーズなので、プラスティックではなく、紙製だ。ヨレヨレニなったになったら、再発行してくれる。ルーム担当は、ナンシーとチェリルさん。テーブルの上に置かれたカードで名前を知る。

驚いたことに、大きな花籠が部屋に入っていた。松浦社長からだった。早々とした妻への誕生日祝いに妻は大喜びした。これまで、彼女の誕生日に乗船したことはなかったからだ。部屋は、百合の花の匂いに包まれていた。

他にはスーツケース3個に段ボール箱5個が既に運び込まれていた。僕のレノボと妻のダイナブックのノートパソコンを、まず安置。ラゲージバッグからタキシードを洋服ケースに吊す。大事に手持ちにしてきた妻の拡大鏡を置く。いつもながらだが、生活道具類の開梱で、洗面所や戸棚へ大雑把に置いたり入れたりした。身近なものだけで、忘れ物の有無を確認するためだ。あとは、二人のベッドの上に適当に広げる。一気呵成に、すべての段ボールを折り畳むと、室内は広くなる。然し、これでもう、汗びっしょりなのだ。

反町が待っているからと、カメラを手に、急いでプロムナードデッキに出る。

レストランスタッフから配られたシャンパンを口にして、桟橋側の反町君を捜す。背中では、バンドが陽気に騒ぐ。船と桟橋の会話は、携帯電話でなければ、耳に聞こえない。シャンパングラスに替わってカラフルな紙テープが銀盆に回って来た。

テープを投げるが、投手だった反町のような肩はない。何本投げても、昔のようには届かない。力尽きて空しく、桟橋の下に落下していく。幾筋も幾筋も風に遊ばれながら、綾取りの模様を描いていく。

背中のバンドが、懐かしい50年代の曲を演奏し始めた。妻は、ジルバを踊りながら、僕を誘うが、どうも照れくさくてノレナイ内に曲が終わる。

ドラを鳴らしながら、クルーがプロムナードを早足で通り過ぎた。汽笛が鳴った。

どんよりとした冬の空が広がった。横浜の大桟橋がみるみる遠ざかっていった。水上警察艇が、海水を空に向けて放射し始めた。デッキから乗り出すように、船客が有り難うの手を振る。

この寒さからⅠヶ月間、逃げられる。梨状筋の強ばった臀部と左足の筋肉が緩めば幸いだ。そんなことを思っていた。


ベイブリッジを過ぎると、興奮していた空気が落ち着いて、船内に静けさが戻った。キャビンで荷物の仕分けをしていると、船内放送が、メインラウンジに全員出席を呼びかけた。7階前方のラウンジに向かった。意外にも、座席の人がマバラだった。説明によれば、乗船客数は335名だという。2回制だと言われていた食事は1回になった。予測よりも50名少なかったからだ。集客が思うようにいかなかったようだ。東シナ海沿岸が緊迫して、政治的に不安定だと思われたのだろう。

初回のガイダンスを終えて、早速、菅井夫妻を誘って、ロビーのカフェで珈琲を飲む。日本の客船の中では、ずば抜けて、はしびの珈琲が美味しいからだ。三杯もお代わりをしてしまった。にっぽん丸にはない、このゆったりした空間が好きだ。船客に知った顔は、まだいない。

同じフロアーの売店を覗いてキャビンへ戻ろうとした。これまでフロントデスクで応対していた高宮さんが、店内からお辞儀をしてくれた。彼女は、にっぽん丸から移籍したスタッフで、今クルーズでは、売店担当をしているようだ。

キャビンで荷物の振り分けを始めた。ベッドの上に広げたシャツ類を見て、欠けているものに気づいた。寄港地での服装は、妻が見つけやすいようにと、すべてのポロシャツをイエローで揃えた。船内でのフィットネスジム用にはTシャツも多く用意した。が、・・・・ディナージャケットのシャツ類は、2枚しか持ち込まなかったのだ。少ない。ジャケットも、サマージャケット1着だけ。今回は、熱い日射しの寄港地のことばかりを頭に入れていた。船内を失念していたのだ。


忘れていたことと言えば、もうひとつ。ぱしびの丸窓には、内側からもう1枚はめ殺しのガラス板があったので、奥行きが狭く書物を置けないのだった。

ベッドの下は、にっぽん丸よりも高さに余裕があって、4個のスーツケースは苦もなく収納できる。ドレッサー兼用のテーブルは、僕のパソコンを置かせて貰うので、ソファーとセットのテーブルは、妻のPCデスクに充分な広さを持っているのが有り難い。TVは薄型になっていたが、DVDの再生機は、にっぽん丸のように全室には備えられていない。


初日の夕食。菅井夫妻と待ち合わせて、通い慣れたレストランに入る気分で入り口に立った。エルビンが我々を見つけ、揃えた指先でテーブルを示した。中央の円卓に座った。菅井荘輔さんと美子さんをエルビンに紹介した。気さくな美子さんは、すぐに打ち解けた。もう何泊も乗っているかのように、だ。

エルビンが飲み物を訊いてきた。妻は、いつものようにワインの白だが、僕は自重して、水だけにした。「1週間に1回としたら」と、美子さんからも刺された。

荘輔さんからは、「このサラダのドレッシング、ちと塩辛い。気をつけた方がいい」と注意が入った。二人は、腎不全の身を気遣ってくれているのだから、有り難い。テーブルの醤油は「減塩醤油」になっている。新しく、にっぽん丸にはないものが加わっていた。「酢」と「七味唐辛子」だ。

メインはローストビーフだった。相変わらず、ぱしびのパンは美味かった。船はゆっくりと、おおきな横揺れをし始めた。2mの波に向かって航走しているとか。

食後、螺旋階段で5階のフロントへ降りる。初日にすべき最後のこと。クレジットカードの登録と船内メルアド申請を終えた。これで、船内では財布を忘れられる。飛鳥もぱしびも、パソコンルーム備え付けのパソコンでテキスト通信だけに限られる。自分のパソコンで交信できるのは、にっぽん丸だけだ。

初日のメインショーを観ることなく、最上階の大風呂へ行く。そういう時間だから、3人ほどしか入ってこなかった。湯温は、ぬるめだった。ゆっくりと、梨状筋を解すストレッチができた。リピーターだからこそ、こうした時間を使う。


向かい風を受けているのか、ピッチングで風呂の湯が大きく波打っている。その力に体ごと横に浮いてしまう。体が持って行かれるというやつだ。複雑な動きをする水の力に人間は逆らえない。ふと、伊勢湾台風の時には、家族は真夜中に海水の濁流にこうして流されていったのだろうと思った。

バランスを整えながら、窓外を見る。沿岸に工機の灯りが乱立している。遠州灘あたりだろうか。

21時半になって、キャビンの荷物は、ようやく片付いた。

22時、BSNHKでは、ヨルダンやアルジェリアの市民の激しいデモが報道されている。反政府抗議デモの震源地は、チュニジアだ。焼身自殺をする若者の動きにつれて、アラブ諸国はその拡大に危機感を強めているという。エジプトのカイロでも、若者たちが内務省に向かって抗議する反ムバラクの動きが、波紋を拡げている。

そういえば、昨夜は、韓国の船がソマリア沖で海賊に拉致された。ロケット砲を打ち込まれながらも、韓国軍の特殊部隊が果敢に対抗し、その奪還に成功したというニュースだった。もしも、日本の船が襲われたとしたら、我が国に速やかな対抗処置はとれるかどうか、疑わしい。尖閣列島問題は多くの点で、いまの軟弱な政府を浮き彫りにさせた。


長い1日だった。眠気が襲って来た。エンジンの懐かしい振動が揺りかごになってくれるだろう。

 

20110130 三亜(海南島)

海南島広域地図P1150296海南島ナビP1150291


午前零時、香港ビクトリア島沖合い南85kmを通過し、
就寝時には、既に海南(ハイナン)島の東沖に入っていた。
そして、起床した6時には、入港予定のヤーシェンまで来ていた。
海面はガスっているが、天気は悪くもなさそうだ。 
7時半、朝食に出る。
ツアーデスクには、自由行動をする船客用に寄港地の簡単なマップが用意されている。
三亜のマップは、僅か6枚しか残っていなかった。

<キャプテンアナウンス> 北よりの風、1m、気温は11℃、最高は25℃。
パイロット誘導で、8時40分、接岸予定とのこと。
三亜港は、ぱしふぃっくびーなす号にとって、初寄港となる。

P1150303P1150305P1150312

港湾を遠望すると、右手の山頂に丸いレーダードームが、毅然と睨みを効かせている。
中央の人工島ターミナル辺りは、空に向かってオーバル型の特異なビルが建設中だ。
近づくと、やはりそれは、あのロンドン金融街に建つロイズ保険本社ビルにも、
また、東京モード学園のフォルムにも似て、斬新なフォルムだった。
今なら、建設中のビルトップの骨組みが見られる。
さすが観光リゾート都市に相応しい。
訪れる玄関口をシンボリックにデザインしている。 
プロムナードデッキで、村山さんに呼び止められた。
ネッカチーフを頭から被り、サングラスをしているから
彼女だとすぐには解らなかった。
初寄港地の記念だからと、写真を撮ってあげた。

やがて接岸した。初寄港地にしては、静かな入港となった。
歓迎のセレモニーは無かったが、ポートビルの横幕には、
「熱烈歓迎、維納斯」「太平洋ベナス」とあった。
なるほど、「ビーナス」ではなく「べナス」か。
耳からは確かにそう受け止められるのだろう。
三亜横断幕P1150315三亜横断幕P1150318三亜埠頭P1150320

英語教育は、こうでなくてはいけないな、それを見ながら、船客と感心し合った。
「ワラー、ワラーの方が通じるんだよね」と笑う。 
「パラオでは、バラクーダーを釣ったよ」という、
旅行慣れした船客が水平線に眼を細めながら、語っていた。
  場違いな発言に、連れの男性は顔を見合わせながら、困っていた。

デッキでの体感温度は、ポロシャツでは少し肌寒いのだが、日射しは強そうだ。
今日は、ネットジャケットの背中のポケットに水を入れて、
リュック無しで出掛けることにした。 
P1150426
P1150425P1150427P1150321

「フェニックス・アイランド(鳳凰島)」。三亜の人工島は、こう呼ばれていた。
ポートビルの1階には、不動産企業が分譲予約のために
フェニックス・アイランドのモックアップがディスプレイされてあった。
イミグレを出たところには、なぜかポルシェ・カレラが5台駐車してあり、
高級リゾート感を演出している。
中国最大の海軍港が、2年もすれば、華やかな観光港になるのだろうか。 


シャトルバスは、長い橋を渡って市中に入った。
カタマランヨットと水上生活者の船群、その背後に聳える高層マンション。
貧富の格差が、強烈なコントラストを見せつけてくれる。

現地ガイドは、梨桃さんという男性。年間25~6℃で、
「僕は、いつも半袖をハイテイマス」と。
丁寧に説明してくれているから、その日本語に誰も笑わったりしない。

10月から3月中旬までが観光客のラッシュで、それ以外がオフシーズン。
島には1万人のロシア人が居住している。最大の観光客は、ロシア人で、10万人。
次が日本人、韓国人と続く。 

大東海の海浜から、更に東の亜龍湾にかけては、
ビーチゴルフとサンバレーゴルフの2つが、
国際レベルのゴルフ場で、日本人のゴルファーも多く訪れるという。
そういえば、船客も二人の男性が、ゴルフバッグを肩にして下船した。 



今の問題点は、富裕族と一般人との経済格差の広がっていることだと梨さん。
説明に寄れば、2003年、ここ三亜で、ミスワールド・コンテストが開催されて以来、
観光客の増加が続き、経済的発展も急激に高まったそうだ。 

「時代海岸」という看板のマンションを見ながら、梨さんが説明する。
昔、1㎡の価格は3000元ほどだったのだが、今では7倍近い、
20000元にまでなっている。
新卒の給与が2000元で、家賃は300元から800元に高騰した。
これまで1ヶ月1000元で暮らせたのに、いまでは1500元はどうしても要る。
医療、教育費を考えると、農村から出ての都市生活はかなり難しい。
農民で癌などの病気になると、ただもう、死を待つだけになる人も多いのだと。
この格差が、いま一番の課題ですと、素直に現実の中国の抱える問題を指摘した。

P1150328 P1150371






港から町への風景が、物語っていた。
因みに、中国元は、約14円である。
置き引きやスリには注意して欲しいと付け加えられた。 

ドラゴンのように長い列がつながる車の渋滞も問題ですといいながら、
ノロノロ状態を申し訳なさそうに小さな瓢箪の楽器(フールース)を取り上げた。
黙って梨さんがメロディを吹きだした。
瓢箪からの音色が終わった時、乗客は、それまでの彼女の胸の内を励ますように、
拍手した。 
三亜 梨さんP1150341三亜 梨さんP1150417

家族を載せた4人乗りのバイクも、やはり当たり前のように危なかしく、走っている。
舗道は、やはりゴミひとつ落ちていない。

数分で、シャトルバスの発着場になるサンヤ・パール・リバーガーデン・ホテル、
(三亜珠江花園酒店)に着いた。
P1150372P1150393

例によってトイレを確認して、大東海の浜に出てみる。 
気温26℃、東北の風3~4m、水温21℃、波の高さ1mと,
掲示板は教えてくれている。ポロシャツの半袖で、寒くはなかった。
軒を連ねた売店で売られている水着のビキニは、▼ではなく、スカート付きだ。
三亜海岸P1150375三亜海岸P1150380三亜海岸P1150381

リゾートビーチらしく、有料の藁葺き傘の下に長椅子がずらりと並んでいる。
沖に出て遊ぶ者には、救命胴衣を貸し出している。
ライフセーバーの見張り台があるが、それらしいユニフォームは着込んでいなくて、
双眼鏡を目に当てるでもなく、
浜を見るでもなく、タバコをくゆらせている。頼りない。
三亜海岸P1150391
イスラム系の女性たちは、砂浜でアクセサリーの店を広げている。
紙凧屋は、のんびりと空に連凧をなびかせている。
沖は、ジェットスクーターが、
我が者顔に白波を蹴立てている。

カメラに収めようとしても、
日本の海岸となんら変わらない風景だ。





花市が開かれていると言う公園までは遠いので、
缶ビールの買えそうな店を覗いて歩く。
梨さんから教えられたように、この町は、
ロシア文字があちこちに大きく多く見られた。
三亜ロシア文字P1150399三亜ロシア文字P1150403
三亜ロシア文字P1150401P1150400

ソ連の軍事顧問団が海軍を教練した名残りか、それとも、
最近のロシア戦艦を航空母艦に改造したのを契機に交流が高まったのか、
眼にすればするほど、米ソ中の軋みで、日本が気になる。



三亜海岸P1150390本来の外資ホテル群が林立する海岸線は、更に奥に位置するため、
我々の自由散策では、足が伸ばせない。
つまり、観るべきものがないので、帰船することにした。
シャトルバスの帰り第1便が、11時30分だったことに気付き、
ホテルまで急ぎ戻る。
ビールの買い出しが思うに任せなかった菅井夫妻は、
昼食後に再び街へ戻ることにした。


帰路のシャトルバスもガイドは梨さん。入江のマングローブの中に白い鳥が目に入った。
白鳥だという。日本では寒い地方に飛来するのだが、温暖な海南島には、
これより多くが見られる白鳥公園があると。
また、2006年、中国4番目の宇宙ロケット発射場として文昌市が有名になったが、
ここは、教育レベルも高く、この文昌市の言葉が、海南島の標準語となっているそうだ。 

船での昼食は、豚の焼き肉だったが、SPカードの僕にも、
そのまま醤油だれで焼いたものが供された。
塩分がきついなと、半分で食べるのを止めた。 

食後は、妻は、昼寝をするために横になった。

サッカーの結集戦の結果は、どこからも聞かれないままだ。
勝ったのだろうか?
 アモイも三亜もそうだが、入出国いずれの時も手荷物の検査はナシだったのは、
何故だろうか?
・・・・・・・・・・・・・ 
P1150436P1150435P1150437

中国のハワイと言われるだけに、
まだまだ最先端の憧れの島の本当の姿は知らないままになった。
海南島という、中国最南端の島は、たしかTVドラマ「五星大飯店」でも、
ロケ場となったリゾート地だったが、
我々は、そのほんの足元、爪ほどを触っただけで去るのだ。
言ってみれば、横浜中華街から関内周辺を歩いただけで、
高層ビル群のショッピングエリア、
「港みらい」を知らないままに似ている。 

離岸出港は、予定より早めの17時50分になった。
ベトナムに向け南下するが、北東の風で、時折、船が揺れるかも知れないと、
キャプテンアナウンスがあった。 

新燃岳噴火P1150289日本時間19時のNHKのニュース。
日本の鹿児島では、霧島連山・新燃岳の噴火灰が、
鳥インフルのために散布した消毒液を無効果にしてしまって、
二重苦である。
退任したばかりの東元知事は、どういう心境だろうか、
コメントは何も報道されていない。

エジプトの反ムバラクデモにより、
日本人観光客が2000人滞在しているという
ニュースもあった。
警察から軍へ切り替えて市内の治安を
コントロールしているというが・・・。
  大統領が次男に権力を引き継ごうとしたことへの反発だ。 

29日のアジアサッカ大会は、日本が2大会ぶりのチャンピオンになったと、
NHKがようやく伝えてくれた。
延長戦で、leeがゴールを決めたようだ。

19時、夕食に出る。和食だったので、
白飯の上にかけるレトルトの病院食を持ち込んだ。
塩分制限のある事情を理解して湯煎してくれた。
船内新聞によれば、「宮崎、鹿児島、愛知で飼養されている鶏について、
当船に積載されている鶏肉は、ずべて発生以前に積み込まれたもので、
安全が確認済みである」と書かれてあった。 

三亜珈琲 菅井けいこP1150445三亜ビールP1150402三亜ビールP1150397三亜ビールP1150398

菅井夫妻は、やはり、シャトルバスでビールを買い出しに往復していた。
スーパーマーケットも百貨店も覗いたらしく、
ビールは二人で30本近く買い込んで、かなりの重荷になったと笑った。
上手く買い物をして、残金は2元だけにしてきたという。 


21時からのシアターは、ジョニー・ディップの
「アリス・イン・ワンダーランド」が上映される。
これも、にっぽん丸に比べて、随分と新しい映画を見せてくれる。
アリスP1150441アリスP1150443上映の理由が解った。
ワンダーランドから現実の世界に戻った
アリスが、
貿易のため、映画のラストシーンが、
中国への船出だったからだ。


見終わった時間、船は、大きく横揺れを繰り返し始めた。
P1150446P1150447


22時45分。北緯18°42.80“、東経108°57”。
速度、16.5ノット。
船はトンファン(東方)沖合いからトンキン湾を北上している。 

早いもので、横浜を出航して、1週間が過ぎようとしている。
今晩、時計をまた1時間遅らせる。日本時間との差は2時間となる。 

 

20110129 広州沿岸
三亜入国審査P1150286ダナン入国審査P1150287

午前9 時からベトナム入国のオリエンテーションが 8階の雨天体操場、
いやメインホールで行われた。

中国入国時、本来ならアモイで対面審査が行われる予定だったが、今回それは免除された。
同じく、次の寄港地、三亜(サンヤ)でも、簡略化されることになったとのこと。

終わると9時半からブリッジ(操舵室)見学があったり、、10時からは中国茶教室、中国切り絵教室、
 ドメモやウノの数字推理ゲームも始まるし、ダンスの初級教室もあるから大変だ。
入国オリエンが全員参加であるのに、片側だけにされている出口が混み合う。
エレベーター前も人が溜まる一方だからと、足の弱っていない人は階段で降り出した。


「洋上プレミアムシアター&舞台挨拶」という大袈裟なタイトルの6階のシアターに寄ってみる。

映画だと思って見に来る客もいるが、
これは、国際放映が制作したテレ朝局の「法医学教室の事件ファイル」というTVドラマだ。
はしびが舞台になっている。
ところが、パートパートで白ける。CM挿入のためのクレジット部分が、
黒味で無音の静止画像を見続けさせられること、 10回。最初はざわついたが、
次第に観客も、それがCMのためであることに気付き始めた。
局からの借り物で編集出来ないものか、首を傾げたものだ。
上映回数が3回あるが、文字通り、白けながら観客は見ることになる。
西丸與一シップドクターが原作者であることから、最終上映の21時には、舞台挨拶がある。
彼は、「何にも船員」と自嘲的に言っては笑わせているが、
船内カルチャースクールの校長を名誉職として委託されている。


妻は、9階のコンファレンスルームへ、荘輔さんと中国切り絵教室に出掛けた。
一心不乱というか、集中力を落とさなかった荘輔さんに、講師の谷田有似さんが感心したそうだ。
切ったのは、今年の干支、兎だった。



8階の「手旗教室」が終わったらしい。レストランに列ができていた。
香港からマカオ沖を通過したのが、昼食時。海面には、強い日射しが出始めている。
 テーブルは、また、村山・可児さんと同じになる。
話の中で、仲の良い二人が共にシングルだと初めて教えられた。
クルーズ好きなことから、船旅で知り合った同卿人の話になった。
03年から06年時、にっぽん丸組の、美濃太田の女医さんと息子さんの話が出てきた。
にっぽん丸では、「愛知県人会」などを呼びかけたが、
このぱしびには、名古屋弁の訛りを耳にすることがまだ少ない。


 
キャビンに戻ると、フロントの竹内さんからのメッセージが入った。
訊いてみると、BKK港は面倒なことになった。
タクシー以外の車、また乗船カードを提示できない人の車は、
接岸埠頭まで車は進入出来ないことが判明したのだ。
初日の日曜日は、シャトルバスで伊勢丹まで行ける、石沢君と待ち合わせる、
だから帰路はタクシーなら、埠頭まで入り込める。
この時、土産の日本酒とくさやを手渡すことは出来るのだが、
2日目の早朝、迎えの車が入って来れないとなると、ゲイトまで約2キロの倉庫街を歩くことになった。

つまり、 2キロ先で石沢君の車は待つしかない。その帰りも、ゲイトから 2キロ、船まで歩くのだ。
これでは、初日に、石沢君を船内に入れて珈琲も飲ませられないかも知れない。
ところが、そのことよりも前に、埠頭に来ることもないドライバーは、
そのロケーションが判らないときている。弱った。

フロントに出掛けながら、苦笑する。若い竹内さんと、こんな事で面倒かけながら、
親しくなるのもまあ仕方がないか。


 7階のピアノサロンでは、寄港地「ベトナム」クイズが行われているのを横目で、8階に上がった。
太極拳の3日目だが、どうにも、教え方が大雑把。ホワイトボードにでも、
ステップ図を描いてくれればと思う。どこかで本を買って憶えることにしよう。
ステップの説明が解りにくいからだ。 45分間の途中で脱落。メールを確認に行く。
そして、船内発信のメールが、中国沿岸を航行している関係上、
通信規制地域になり22時に中断することを伝える。


 妻は、ランドリールームを何度も往復し始めた。
そろそろ、防寒下着やパジャマを洗う時期になったからだ。
僕はといえば、夕食事に履く革靴用のソックスも迂闊にも忘れた。
フォーマル用のソックスを洗濯しながら履いている。


 荘輔夕食P1150297夕食陶板焼きP1150295

 
夕食は、ロースの陶板焼き。おろしポン酢を持参の黒酢に入れ替えて見たものの、
肉が硬すぎて半分で食べるのを止めた。


曹雪晶二胡P1150294食後のメインショーは、2回目の曹雪昌さんの二胡とピアノチェロだが、
パスして、「ウインド オブ メコン」で珈琲を飲む。
此処のコーヒーは、にっぽん丸より、飛鳥より、美味しいのだ。


 22時前にメールを確認に、パソコンルームへ行く。
石沢君からパスポートナンバー、アドレス他を受信できた。
その足で、船内訪問の許可申請をフロントに提出できた。

 
今晩は、アジアサッカー決勝中継の日だが、果たして映像受信可能か。
パソコンを畳んでシャワーを浴びる。
20110128 

二度目、八年ぶりの寄港地アモイ。今回のアジアクルーズでも、最初の寄港地となる。
下船時間に遅れないように、朝食を終えないといけない。
早朝尿の検査をしたおかげで、6時には起きて、歯を磨いた。
客家の土楼行きのバスに乗るため、妻も早めに起きた。
アモイ入港P1150113

朝食は、いつもより簡単に済ませた。
妻は、6階でパスポートと二枚のコピー、そしてミネラルウオーターを1本受け取り、
乗船カードのバーコードを通して退出登録を済ませ、いそいそとイミグレに向かった。
客家は遠路のツアーになるため、最優先でイミグレを通るはずだ。
我々は、自由行動組だから、11階の船客から順に5階まで呼び出しを受けるまで待つことになるので、
フロントで両替をした。
ブラブラ歩きだから、3000円だけの両替で2200元をポケットに入れた。

念のため、メール受信を確認へ、パソコンルームに座る。
入港埠頭の位置が解らないという、BKKの石沢君からのメールが入っていた。
タイではレンタカーのドライバーには地方出身者が多いので、
クルーズ船の接岸地点などはおよそ縁もなく、知らないのだそうだ。
確かに、観光客船が常時接岸するバース(岸壁)を持っているのは、各国とも少ない。
大抵は、貨物船の接岸埠頭と同じで、一般の人には縁もない辺鄙な場所が多い。
フロントで竹内さんに接岸バース周辺の地図を出してくれるように依頼して、ライブラリーに戻る。
アモイ寄港中国旗P1150119

既に、椅子の少ないライブラリーで下船待ちの人たちの立ち話が姦しい。
聞くともなしに、船客の会話が耳に入ってくる。
「お早うさん、今日はどうするの?」
「バカみたいに、またコロンス島よ。もう5回も来てるのにね、コロンス島よ」
「お好きなのね、ピアノの島が」
「いいや、ここ、行くとこ無いからなのよ。お茶も沢山買ってあるし」
「あら、あの高いお茶?いかがでしたか?」
「美味しかったけどね、日持ちが悪いのよ、あれ。来るお客さん、来るお客さんに出して、すぐ飲んじゃったわ、ほほ」
「海南島は、10年前に来たんだけど、今回はどうやろ、暖かいかねえ」
「ラ・ニーニャとかなんとか、の影響で、どうかねえ?」
「中国のイミグレは、待たせるんだよ、もったいつけて」
「意地悪だね、ありゃあ」
「海南は、不動産屋がどんどん埋め立てていてね。あそこには、軍港が出来たんだが、
ありゃあ、中国最大の艦隊基地ですよ」
「ここから台湾呑み込んで、日本を狙うには、格好のポジションだからね、
なんとか、民主党の防衛大臣も、先を読んでくれないと大変なことになる」
「既に、後手だね」ルルル・・・。
「あら、やだ、まただわ。私がまだ神戸にいると思うてるんよ、ハイ、ハイ、あらあ、奥さあまぁ」
吹き抜けホールから流れてくるアナウンスが8階、6階と徐々に降りてきて、三人五人と船客たちの姿が消えていく。

ようやく5階の我々が呼ばれた。
ギャグニーを出て、イミグリへ続くプロムナードから後ろを振り返ると、白い船体が眩しい。
アモイ接岸P1150124

ドック入りしていたと言われて、なるほどと頷けた。傷もなく、きれいな船体だ。
見回してみて、8年ぶりのアモイの変貌ぶりに驚く。
曲線が重なった屋根に総ガラス張りの洒落たビルになっていた。
シンガポールのハーバー・フロントセンターにも劣らないほどだ。
これが未だ完成には至っていなくて、予定の規模の半分だそうだ。
新幹線が開通したので上海からの観光客が大挙流入し始めて、
観光都市としてのアモイは飛躍的な経済発展をしているのだそうだ。
イミグレ前で列んでいる荘輔さんがシャッターを切った。
彼も、僕と同じく、20006年以来の入国で、アモイの変貌に眼を見張るものがあったのだろう。
しかし、腕を伸ばしてカメラを付きだしていた姿を見られたか、瞬時に女性の公安が駆け寄ってきた。
撮った1枚を公安に見せた。削除するから勘弁と日本語でしゃべる。
ところが、そう言った荘輔さん、削除の仕方が解らない。慌てて僕がカメラを受け取る。
該当写真を怒る彼女に見せながら、目の前で削除した。
今回だけはというしかめ面で公安官は渋々戻っていった。デジカメ時代で良かった。

フランコ政権に抗議するデモ隊を撮った40年も昔のスペイン観光の頃を思い出させた。
あの時は、レスラーのような大男のSP二人に両腕を掴まれて、フィルムを抜けと強制された。
なんとか、観光客であることと、宿泊先のホテルのルームナンバーを教えることで、腕を放された。
何かあったら、ホテルに訪ねるとまで言われた。承諾した。
この時は、170ミリの望遠レンズを付けたミノルタと、それにもう1本カメラをぶら下げていたから、
プレスマンと間違えられたのだ。異国で無闇にレンズを向けると面倒なことが起きやすい。
台湾全土を観光客誘致の為に、日本アジア航空の仕事で6年間ロケした時、
陸海空軍三軍の総司令部からの許可証を携行していても、
港湾にレンズを向けただけで、憲兵が望遠レンズの前を遮ってひと悶着した。

シャトルバスの出発を待つ間、ターミナルビルの中を眺めていると、
なにやら電気トンボ(UFOだったが)が、吹き抜けの空間を飛び回っていた。
観光客が足を止めて天井を仰ぐ。
遊んでいた子供たちが手を挙げる度に、触れてもいないのにUFOがふらりと上がっていく。
観光客がそれを観て、驚く。
ぼくもその一人だった。センサーが働いているのだろう。
二人の男が買わないかと近づいて来た。子供をデモに使ったのだ。
孫への土産にいいかと思って「トウシャンセン?」と訊くと、「イーパーユエン(100元)!」と言う。
市内観光してから帰りに買うと、口に出したが、そこまで福建語は出来ない。
指先アクションと日本語だった。チンプンカンプンだと男は肩をすくめて退いた。
丁度通りかかったガイドの許さんに、このことを訊いてみると、100元は高い、あれは30元でいいわよと。
同じ玩具がデパートにあるかもしれない。街歩きで探す楽しみができた。

昼食は船に戻って食べることにして、午前中だけ歩こうと、シャトルバスに乗る。
かつて訪れた時の風景とは異なる、
アモイシャトルバスP1150128アモイ港P1150219アモイ市内P1150140



見慣れない新地のようなアモイを、中心街に向けてシャトルバスは走った。
マンションやホテルの高さと美しさは、既に新しいアモイだった。
マンション価格は、1㎡が約1万(15万円)~2万元だそうだが、中国では、マンションは70年という一代限定である。
だからこそ、いま、中国人の富裕層が一族の財産になるとして、日本のマンションを買い漁るのだ。
アモイ白鷺州路P1150142

海水を堰き止めて造ったという人造湖を左手に、湖浜西路を走った。
アモイは白鷺が飛来する島だったので、今でも「鷺」の文字が名前に入っている人は、
80%アモイ出身者だと判るとか。
丁度、その白鷺路に入った。公安系の車両ナンバーは白。商用車は黄色、一般車は青。
汚れた車が少ないのには驚く。どれもワックスこそかけていないが、水洗いが出来ている。
一時の日本のように、相当な財産と見なしているのだろうか。
それにしても、舗道に乗り上げた大型乗用車が何台も堂々と斜めに停められて、
歩行者は、車の鼻先と塀の間を仕方なく黙々と歩いている。
それだけではない。空いている舗道は、バイクまでもがかなりのスピードで走る。
そうかと思うと、道路を後部座席に箒を縛ったバイクで男性が、片手はハンドルを、
もう一方の手には長い挟み棒を持ち、道路をゆっくりと走りながら、巧みにゴミをつまみ上げて走る。
舗道に備わっているゴミ箱で停まり、それを入れ込む。
その作業が、併走している我々のシャトルバスの横で、リズミカルにこなされていく。
許さんに訊くと、彼は、ボランティアではなく、時間制で働く職業人だった。
アモイ掃除バイクP1150213アモイ市内P1150249


街路樹の多くは、鳳凰木で、黄色の葉が落ち、赤い花が咲く。
7月下旬と9月の2回、アモイは街全体が一面、赤くなる。
新入学と卒業の時期なので、縁起がいいのだとして、大学には必ず植えられてあるそうだ。
ガジュマロの樹木は、福建省のシンボルで、「幸せを運ぶ木」として、切ってはならないものとされている。
アモイのシンボルは、それとは別で、ピンクのブーゲンビリアンだ。
アモイ地図P1070955アモイホテル正面P1150208アモイ正月P1150151



シャトルバスの往復起点は、中山路の華僑大楼というホテルである。
港から繁華街までの無料のシャトルバスは、その多くをホテルやデパートにしている。
トイレの借用と休憩設備があるからだ。
ホテルのロビーは、正月飾りがしてあるものの、宿泊客の姿は見当たらない。
トイレを下見した。ナフタリンの匂いが強烈だった。

ホテルを出て、バスから眺めた中山公園に下りてみる。
「公園の中で、太極拳やフォークダンスをやっているのが見えた。
槍や刀を使いながら、父親に教わっている娘さんがいたなあと」と言ったら、歩いてみようとなったのだ。

公園の入口には、長い机を相対して人が座っていた。
横断幕をみると、どうやら、子供の進学を相談する親と教師の青空相談所が開設されていたのだ。
 アモイ公園P1150186アモイキオスクP1150156アモイ公園P1150187


中に入ると、正面に孫文の大きな碑があった。
公園内は、様々な植物が群生していて、手入れもいい。
園芸学科卒の荘輔さんは、葉や落ちた実を見ては、その品種を教えてくれる。
妻がいたら、さぞかし喜ぶだろうなと思った。僕は、花にも鳥にもとんと興味がないからだ。
妻はそういった荘輔さんを尊敬している。
池水、堀があちこちに張り巡らされ、趣がある。子供の遊具は、「教育」「実験」という文字で解説文が書かれてある。
動物の乗り物でさえ、子供が上下する度に、バネで前進していく。
一人っ子政策を推進しているためか、公園の遊具類は、
どこかの教育研究者の指導の下に創られ設備されているように思えた。

塗り絵かと思ったものは、ステンドグラスのように、鉛でライン取りされて、カラフルに焼き上がる簡易ステンドグラスだった。
次世代の中国人の知能指数は侮れないなと、荘輔さんと感心しながら、写真を撮った。
中に、キティちゃんのキャラクターがあったのは、複雑な気分だった。
 アモイ公園塗りガラスP1150175アモイ公園塗りガラスP1150177アモイ公園塗りガラスP1150178


動物園もあった。
赤い大きな提灯が正月らしい風景を彩っている。
巨大な龍が植物で造られていたのも、正月を迎えるためである。
丸い将棋板もあれば、囲碁もあったが、多くの野外テーブルでは、シニアの男女がトランプゲームに興じていた。
時代は、こんなところにも変化が出ているのだ。
アモイ公園龍遠景P1150169アモイ公園龍P1150179アモイ公園将棋P1150171



ある場所は、太極拳広場とでもいう彫刻像が立てられてあった。
武道を練習していた親子の姿はもう見られなかったが、婦人会の新ダンスとでもいう、
体を柔らかくリズミカルに動かす振り付けは、台湾に見られたそれと同じだった。
アモイ太極拳公園P1150165アモイ太極拳公園P1150166アモイ公演ダンスP1150181



バスガイドの許さんも説明していたが、ここは、台湾との交流が深いので、
言葉は台湾語に近いミンラン語だし、商品も台湾からのものが多いと。
昔、ロケハンで上陸した台湾の澎湖島は、風の強い島で国境警備に当たる軍の要の島だ。
目と鼻の先だから、平和であって欲しいものだ。

随分公園内を歩き回った。歩き疲れたし、腹も減った。
昼食を取ろうと、一旦、シャトルバスで帰船した。

寄港地着岸の昼食は、どの船も多くが実に簡単なメニューだ。
船内乗船客の数が余りにも不定過ぎるからだろう。
何処にでも座れるほどに、閑散としている。
一番奥のテーブルに着いた。
二色丼とお椀サイズの蕎麦だった。
短時間の寄港地では、エクスチェンジする金額を少なめにしているせいもある。
余程、ここぞという料理が寄港地に無い限り、レストランを探し回る時間が勿体ないから、
船内食で、ゆったりする気楽さが何よりなのだ。
寄港地によっては、清潔感に不安があるので、躊躇するというのも否めない。
ましてや、中華系の食事は、醤油塩分を避けたい僕には口にするモノも少ないからである。
 
一旦船に立ち戻るメリットは、現地が予想と異なった気温差の時だ。着替えて出直すことができる。
さらに言えば、撮影したSDメディアをHDに保存出来る安心感しがいい。貴重な写真の削除ミスを防げる。

食後にパソコンルームに入った。BKKの石沢君からのメール確認だ。
同行する菅井夫妻を入れると乗員5人となるので、レンタカーを頼んであるのだ。
彼からは、「ドライバーの多くは、地方出身者なので、エアポートならまだしも、
港には不慣れで、着岸埠頭の位置が解らない。
シャトルバスで街に入るとき、地図を持参して欲しいと」と返ってきていた。
これは、フロントの竹内さんへ頼むことにした。

水上マーケットとウイークエンド・マーケット、どちらを優先したいかと荘輔さんに打診した。水上マーケットとなった。
これで、初日の日曜日は、我々だけがウイークエンド・マーケットにBTSで行き、
レンタカーで走る水上マーケットは月曜日となった。
美子さんアユタヤツアーは、もう一度、日曜日に変更となった。
初日、街から岸壁へ戻るタクシーに同乗するなら、船内見学をしてみたいかと打診する。
もし、興味があるなら、住所、生年月日、パスポートナンバーを申請する必要があるから返信が欲しい、と打ち返しておいた。

中山路鎮海路P1150231中山路道路標識P1150201アモイ両替レイトP1150153


再び、シャトルバスで、中山路に戻る。
その交差点にそびえ立つのは、いわば、権力の象徴を思わせる警視庁ビルだ。
左に折れた中山路の商店街は、歩行者天国になっていた。
旧正月だというのに、ここの歩行者天国にも人出がない。
がらんとしている。日本人が目立つ。
我々の乗船客だ。膨らんだビニール袋を重そうに持って帰って来る古子さん夫妻に出会った。
「両替はしたものの、買いたい物がなくて・・・、これ、缶ビールを買い込んでしまいました」と苦笑いしながら、
袋を揺すってその重さをみせた。
ビール好きの荘輔さんも、教えられたスーパーで買って帰ろうと気勢を上げた。
右に緩く曲がった中山路の先は海に続いて居る。
黒山の人出を予想していたが、絵にならない。
デパートまでゆるやかな坂道を下る頃には、横道から湧き出てきたのだろうか、通りは人人人、黒山が蠢いていた。
歩行者天国の左右は、テント張りのTシャツ屋から、時計や爪切りの金物屋、
懐かしい台湾の寒天ドリンク、仙草を飲ませる店もあった。1杯12元とある。
中山路TシャツP1150262アモイ千草P1150192中山路高雄P1150245

台湾金門特産店、アモイ特産店には、フカヒレからイカ、ホタテまで様々な海産物、
そして、地元特産と言えば、お茶屋の羅列。
丁度、新茶の時期らしく、香ばしい香りを通りに漂わせていた。
あちこちに「高雄」の文字が眼に付いた。屋台のファーストフード店である。台湾小皿料理が受けるのだろうか。
デパート広告に起用された男性モデルが、正面に大きく打ち出されているのを見ると、
中国と言うよりも台湾ではないかと錯覚しそうだ。やはり人気の男性タレントを起用しているのだろう。
カシオ、オニツカのショップも、デパートも数軒あり、目抜き通りの角のスポーツブランドショップ店は、
ナイキのスオッシュにも似たロゴマークだ。
やはりか、と、苦笑したものの、これから先、パクリ問題は、あらゆる商品で持ち上がって来るだろう。
なにしろ、HANDAのバイクも、SANYのラジオが有っても不思議ではない。
この国は「富士山」「越光」まで、商標登録されているそうだからだ。
中山路木工細工P1150237中山路ロゴマークP1150258中山路ブロンズ像P1150247

露天では、木工の細工モノが売られていた。手の器用さには驚く。
気に入ったモノが有りさえすれば、飛行機の旅と違って、
心配せずに、こうしたものも持ち帰ることが出来るのが、船旅の良さである。
通り脇にブロンズ像が飾られている。そのひとつをパチリ。
日本でも縁日に見られる懐かしい飴細工師の姿だった。

来店5人なら1人は無料にしますという上野家日本料理店というのもあった。
夕食を食べる時間まで余裕があればね、と笑って通り過ぎた。
人だかりの輪の中を覗いてみると、青年が赤い短冊に客の希望する文字をその場で書いて売っていた。
正月に飾る縁起物だ。
中山路日本料理店P1150244中山路書家P1150259中山路書家P1150260


親指の人形劇を演ずるアモイ人民劇場は、この通りにあった。
派手な彩りの宝籤売り場もあれば、こじゃれたフルーツジュースショップ、
輸入のビールも飲ませる仮設カフェも設けられている。
フェリー乗り場近くの出口、入り口?に近づいた辺りになると、人通りも正月らしいというよりも、
どちらかと言えば、生活者ではなさそうな観光客の群衆が往来していた。


フェリー乗り場から、対岸のコロンス島「ピアノの島」へ観光に出掛けるのだ。往路は無料で、復路に8元。
2階席で座ると有料で1元を要する。
つまり、往復座っての移動なら10元となる。コロンス島の左端には、巨大な鄭成功が立っている。
アモイフェリーP1150254アモイフェリー横ボロン図P1150255中山路出口P1150251


フェリーからどっと下りてきた観光客は、我々が歩いて来た中山路の商店街には入らず、
迎え出た観光バスに吸い込まれていく。
中山路の人通りの少ないわけが判った。
商店街への導線よりも、観光バスの駐車スペースが警視庁側に少ないことが、商店街の活性化を阻害しているのだろう。
2006年の時は、このバス停周辺は、地図の売り子たちが観光客に群がっていたが、
いまは、ちらほらとした目にしないし、彼らも大人しい。
「プヤオウ」と言えば、追いかけても来ない。新幹線が走り、観光客も多くなって、苦情が出たのか、
随分、官憲の規制が厳しくなったのだろう。
以前には見られなかったのが、地元の彫刻家によるあちこちに置かれたアモイ風俗の彫刻だ。
海を見つめている女性像は、恋しい人を今も待つ姿だと教えられたが、定かではない。
菅井夫妻が缶ビールを買うスーパーマーケットを覗きたいと来た道を再び戻る。
税関ビルで見たあのセンサー付き竹コプターをあちこち探し回った。
アルミ製の精巧なヘリコプターは売られていたが、それは見当たらなかった。
アモイ子供教育パソコンP1150264アモイ子供玩具P1150263


玩具店には、学習用コンピュータープログラムを楽しんで操作している子供達をしばらく見ていた。
一人っ子教育への期待と成長の先を想像させた。

スーパーストアは地下にあった。
せっかく両替した元をここで使っておこうと、ビール売り場へ真っ直ぐ向かった。
アモイスーパーマーケットP1150272アモイスーパーマーケットP1150268アモイ税関P1150126

菅井家のビール好きは半端ではない。
自宅の居間には、ビール各社の5種類ほどのブランドが、カートンボックスを横倒しにディスプレイして、
あたかもストーブの薪のように置いてある。
だから、当然のように、ここでも青島ビールを1箱分欲しいところだが、持ち歩けないので1ダースで我慢。
缶ビール12本で、驚くなかれ700円である。
僕は、正月用のイラストがデザインされた青島を2缶と、大型サイズのコルゲートの口中清浄液。
目を見張ったのは、飴玉のように山と積まれた一口サイズパックのおつまみの多種類なことだった。
不二家も明治も、他に日本文字のままの商品が多くあった。文字が質を保証しているのだろう。
身なりのいい老夫妻が食べ慣れてでもいるかのように、バスケットに入れていた。

足を止めさせたことがあった。
オレンジカラーの繋ぎの制服を着た二人組のおばさんたちが、黙々と、床を掃除している。
飛散しているもの、こぼしたものを見つけると、駆け寄って、たちどころに、ゴミ箱に掃き寄せられていた。
サービスという教育が此処では、始まっているのだ。

ホテルロビーで17時発のシャトルバスを待つ。
タクシーは、3kmまでが8元、そしてガソリン協力費?が1元。
1kmオーバーする毎に2元、そしてガソリン2元が付加されていく。
港まで20元以内で帰れると知った荘輔さんが、足の悪い美子さんのためにタクシーにしようと言う。
アモイタクシー車内P1150274

助手席に座ってすぐに、ドライバーの名札を撮った。
時折、ヨーペンとか、イッツツオーとかの言葉をつぶやいた。
回り道をさせないという牽制球である。
ターミナルビルまで、タクシーは15元で着いた。
それに、ガソリン料を乗客がいくらか負担するらしく、2元を付け加えた。
乗ってみたから、判ったこともあるのだと、初日の自由行動を喜び合った。

18423歩。
毎日1万歩を歩く荘輔さんには、なんでもないことだが、美子さんが、途中で腰を下ろすほどだったから、推して知るべし。
菅井夫妻と歩いた街では、最長の距離になった。スペインのマラガ以来だ。

部屋に戻った。
だらりと体を投げ出し、TVを観た。
ニューヨークのタイムズ・スクエアは、雪景色だった。
頭の上まで積もったよと、レポ-ターが肩をすぼませながら伝えている。
NHKワールドのニュースラインの天気予報だ。いま、2℃だそうだ。
ベルリンもパリも-1℃で、ローマ、ジャカルタ、クワルンプールは雨。
我々はこれから、赤道に向かって南下する。


「疲れたああ」と妻が帰って来た。観光バスに疲れたという。
旧正月で大勢が帰省する交通手段に大型の観光バスが優先的に充てられ、残っているのは小型だけだったようだ。
前もって、サスペンションが硬いとは聞かされていたが、車幅の狭さで、左右の揺れも大き疲労を増したらしい。
毎年、民族の大移動の時期なのだから、大型バスの手配は難しいことは織り込み済みのはずだ。
恐縮した現地の観光社がお茶を土産に差し出してくれたと喜ばせるのも、予定通りだろう。
土楼へ向かう途中、バスが停車したトイレは、予想外にきれいで、
観光地は、コロンス島のように、カートが交通手段だったそうだ。ツアーでは、可児さんとも一緒だったという。

公園に家族連れで楽しんではいても、街には観光客以外余り出歩いてはいなかったと話したら、
2月1日の旧正月は、自宅で過ごすことが多く、
その3日前、29日から準備が始まり、半月後の15日頃に提灯祭りがピークになるのだと、
妻は、ガイドからそのわけを聞いていたそうだ。これが、いわゆる「中元」といい、「小正月」の事らしい。

18時半、初回の寄港地から予定時刻に離岸。
海南島までは沿岸航走だ。
アナウンスによれば、多少の揺れはあると、予告された。
日本から宅配便で持ち込んだ「神の河」の中から5本と、築地で予約しておいたクサヤを、菅井ルームに持っていった。
菅井夫妻は、晩酌をしてから夕食に出るのが、慣例となっている。
菅井夫妻が先年に観光した土楼観光との聞き比べは、19時の夕食時となった。
アモイ夕食P1150281アモイ夕食P1150278


就寝前に、大風呂のスティームサウナに入りに出掛けた。
歩き疲れたのか、サウナの中で梨状筋のストレッチを行った。
明日は、公開日だから、体が休められる。
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はじめに

萩原高 徒然なるままに、書きますが、街で耳にしたこと、眼に入ったこと、などなど、生活を変えるかもしれない小さな兆しを見つけたいと思います。

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